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山田×小宮樹子
対談「永遠の王アーサーと『金色のマビノギオン』」
未公開テキスト

本書収録の対談から、紙幅の都合でやむなくカットになった部分を、特別に大公開。
本編対談とあわせてお楽しみください!

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未公開その1 聖杯と宗教的価値観

(「Ⅱ アーサー王伝説の魅力」末尾の続き)

 

小宮:言われてみれば……。戴冠して終わるのではなく、そこから数多くの冒険が始まるなんて、なかなか児童文学では見受けられない展開ですね。

聖杯についても、鋭いご指摘だと思います。
フランスの物語群(いわゆるランスロ=聖杯サイクル)は、中世ヨーロッパにおけるシトー派修道会の思想を色濃く反映していると言われますし、世俗での愛や栄光より清らかに天へ召されることを尊ぶ価値観は、多くの現代日本人が違和感を覚えるのではないかと思います。

そこで面白いと思うのが、一九世紀アルフレッド・テニスンの『国王牧歌』で既に、聖杯に対する懐疑的な態度が示されていることです。
騎士たちがこぞって誓いを立て、国を放り出して探求に出かけたうえ、ガラハッドは帰ってこない。
テニスンのアーサー王は、そんな探求には否定的な態度でした。

アメリカ映画『インディ・ジョーンズ』では、命を与える奇跡のアイテムとして聖杯を登場させていますし、時代や場所を超えて、さまざまな解釈がされているモチーフだと思います。

『金マビ』でも、山田先生ならではの聖杯が登場するとのこと。
今から楽しみです!

山田:今、テニスンのアーサー王に凄くシンパシーを感じました(笑)。
さすが一九世紀、現代人に近い。一二世紀にそんなもの書いたら大変なことになっていたのでは……。

宗教的価値観といえば、キリスト教の価値観と仏教の価値観がことごとく相反するなあというところが、ほんとに興味深くて好きです。
子どもの頃には教会学校のおかげでキリスト教の価値観や考え方を学ぶ機会に恵まれて、面白い、でも納得できないとこも多い、でも面白いなあと思っていました(ちなみに聖書は完全に小説などの読み物として楽しんでいました。イエス様と仲間達物語みたいな)。


二〇歳くらいになると仏教の事も色々知りたいと思うようになり、般若心経を現代語訳して解説した書籍を読んでものすごく感銘を受けました。キリスト教は小宮さんのおっしゃるとおり「世俗での愛や栄光より清らかに天へ召されることを尊ぶ価値観」で、仏教は「現世を楽に生き抜くための知恵の価値観」なんですよね。


現世で徳を積むことに関してもどちらの宗教も推奨はしているけど、その先の目的が違う。キリスト教では地上を捨てて天国に召されることを目的としていて、仏教は次の来世への良い切符を手に入れるためなんだなあと。
どちらが良いとか高尚だとか言うのではなく、そのあまりにも真逆な違いが面白くてわくわくしました。

 


未公開その2 ツッコミつつ読む原典

(「Ⅲ 読むことと描くこと」末尾の続き)

 


小宮:私も「何でやねん!?」とツッコミを入れながら原典を読むことが多いです。
その代わり、中世のアーサー王伝説には近現代の小説とは違う、粗削りの原石のような魅力を感じます。

ご自分で描く時は、納得のゆく現代的価値観から捉えなおすというのは、先ほど話に出た映画『王様の剣』の原作、T・H・ホワイトの『永遠の王』に近いスタンスですね。
あの作品は心理分析を交えて登場人物を描いており、非常にリアルでした。


『永遠の王』の最後でアーサー王がトマス・マロリー少年に後を託したように、山田先生もアーサー王の物語を受け継いで、ご自分の切り口で新たな物語を紡がれているのがとっても運命的です。

そして、面白いなと思ったのが、現代的な価値観ゆえにマロリー研究で論争が勃発したことがあったのです。
学会の権威ウジェーヌ・ヴィナーヴァ教授が、「聖杯探求の時に死んだはずの騎士が、後のエピソードで生き返っている。つまりマロリーが書いたのはひとつの物語ではなく、個々に独立した作品だからだ!」と提唱しました。
結局、中世の時系列に対する考えは、現代のものと別物だったのだろうという形で決着しましたが、価値観のずれにどう向き合うかという一例ですね。

山田:ツッコミ入れつつ読む感じ、わかります。私も家族や友人に原典のストーリーを説明する時には、ツッコミ個所を誇張して面白おかしく話してしまう……。だってその方が聞く人の食いつきが良いんですもん。
中世の文学作品の、「面白ければ細かいことはどうでもいいじゃん」な空気感とても好きです。

五世紀が舞台の物語をしれっと中世盛期の風俗に焼き直して誰もそれを疑問に思わないという状況は、日本の歌舞伎の時代物や王朝物(江戸時代の人間から見た「時代劇モノ」)が、飛鳥時代や平安時代の物語なのに風俗は完全に江戸時代のそれで上演されていたことと似ていますよね。
歌舞伎は幕府からの法令でそうせざるを得なかった事情も大きいわけですが、アーサー王文学ではどうしてああなっちゃったのかな、と考えるのが楽しいです。


現代の創作に当たり前のように求められる「時代考証」という感覚がなかったせいなのか、それとも何か、歌舞伎と同じような政治的だったり宗教的な縛りがあったせいで(当時にとっての)現代の風俗に焼き直す必要があったのか。あるいはパトロンのマダムに「ヒロインを救いにきてくれる騎士が鱗鎧を着てあぶみもない馬に乗ってるとかテンション下がるからもっとキラキラした最先端の鎧を着てる風に描いてちょうだい」と言われて詩人がしぶしぶそうしたらそれが定番化してしまったのか。個人的には最後のが共感できて好きです。

それと、『永遠の王』はランスロットの扱いなどが見事すぎて、自分があの作品と並び称されるのはかなり居心地が悪いので勘弁してください。自分なりに頑張りたいとは思っていますが(笑)。


現代風解釈というか、『金マビ』解釈での焼き直しで押さえておきたいのは、マーリンの末路と、物語終盤のガウェインの逆鱗の解釈と、ランスロットとガウェインの対立の双方の言い分の解釈もです。


マーリンの末路の解釈に関しては、「『金マビ』のマーリンはああいうことには絶対ならなさそうな気がするんだけど……?」という部分の解決ですね。一応もう考えてはあるんですが、見せ方が難しいので悩んでいる部分でもあります。「『金マビ』のマーリン」のファンを落胆させないように頑張りたいと思います。

未公開その3 登場人物の年齢のこと

(「Ⅸ キャラクターデザインの変遷と色彩」のアウトテイク)

 


小宮:えっ……(『金マビ』のマーリンは)次のお誕生日で還暦なのですか!?
予想外の年齢です、これはフランス流布本サイクルにおける設定がアーサー九二歳、ガウェイン七六歳、ランスロット五五歳と知ったときと同じくらいの衝撃……!

けれど、外見と実際の年齢が一致しないという設定には、何だかすごく納得してしまいました。
山田先生のマーリンの魅力は、「善と悪」「美しさとおぞましさ」「尊敬と嫌悪」「強さと脆さ」といった異なる要素のコンビネーションから来ているように感じられますので。

山田:アーサーは非業の死を遂げた王様の印象がありますけど、実際は九〇歳代で前線で戦って討ち死にしているわけだから、生きすぎですよね。そしてよく考えるとモードレットはアーサーが少年王だった頃にできた子だから八〇歳近いんだなあ。


ちなみに『金マビ』は一応少女漫画なので、アーサー達は流布本よりは五〇歳くらい若い年齢で最後の山場を迎えると思います(笑)。


カズオ・イシグロさんの『忘れられた巨人』の老騎士ガウェインとかも、かっこよくて好きなんですけどね……! 老人達の三角関係のもつれは少女漫画ではハードルが高い……。

マーリンは確かに二面性を意識して作ったキャラですが、実はランスロットもそうなんです。湖の剣を抜くことを躊躇ったガウェインと、まったく怖れず抜きにかかったランスロットの対比でも表現しているつもりだったんですが、若くして逝った天使のような側面と、自分の欲望に忠実に動く無垢な悪魔のような側面が、上手く描けると良いなと思っています。

未公開その4 〈イングランドの王〉アーサー

(「Ⅷ デザインへのこだわり」のアウトテイク)

山田:『金マビ』では「アーサーはブリトン人の王として実在していた」という、いわば偽歴史を採用しています。真やたまきはタイムスリップをしているから彼女達の視点では『金マビ』は「タイムスリップもの」ですが、真やたまきのいる世界自体が「アーサーがブリトン人の王として実在したという歴史を持つパラレルワールド」なわけで、そういう意味でいうと、実は『金マビ』自体は「異世界もの」なんですよね。
でもまあ、そのあたりのことはあまり考えないで、タイムスリップものとして楽しんでもらえたらなと思っています。こんがらがってしまうので(笑)。

アーサーが「イングランドの王」と呼ばれてしまう現象は、日本でいえばアイヌの英雄が後世になって日本人(大和民族)の王的な扱いを受けているのと同じですよね。


実は二〇代前半の若かった時期までは、「イングランドはアーサーを滅ぼした側のサクソン人の国なのに」と、納得いかなかったこともありました。若さゆえの多感だとは思いますが、なまじ知識を身につけ始めた頃のせいで、頭も硬かったんでしょう(笑)。
でも敵すらも魅了してしまったからこそアーサーは一五〇〇年後も物語に謳われる「永遠の王」になり得たのだし、これからも人種や言葉の壁を越えて世界中で語り継がれていくと思ったらそれも有りなんだなという考えになりました。

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