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  • 執筆者の写真みずき書林

「21世紀の空襲の記憶・表現」シンポジウム


週末は、空襲・戦災を記録する会の「21世紀の空襲の記憶・表現」のオンライン・シンポジウムを聞く。

土曜日のYouTubeLiveでの配信は、とても刺激的でした。


お目当てだった開会あいさつの吉田裕先生、「記憶の解凍」について話をする予定だった渡邉英徳先生が、ともに直前で欠席になってしまったのは残念でしたが、それでも興味深い話の数々でした。

個人的には、片渕須直監督と、岡山空襲展示室の猪原さんの話が面白かった。


トークセッションでは、共催である戦争社会学研究会の山本昭宏先生も登場。

近刊書籍『近頃なぜか岡本喜八』の編者でもあり、最近刊行になった「ユリイカ」の大林宣彦特集でも寄稿しています。

(この話も書きたいのですが、またいずれ。高畑勲さんとの対談再録のあとに収録されている論考の題は「幽霊と一輪車」。良いタイトル)


話を戻すと、「21世紀の空襲の記憶・表現」シンポでは、

「どうやって戦争体験を継承するのか」

「なぜ戦争体験を継承するのか」

という点が、フロアからのYouTubeチャットも含めて大きな議論になっていました。

登壇はしなかったものの新刊が紹介され議論になったデジタルアーカイブ研究者の渡邉先生、アニメ映画監督である片渕監督、博物館キュレーターである猪原さん、地方の空襲・戦災を映像や資料で残す取り組みの先駆である楢崎さんなど、いわゆる歴史研究者とアートと展示・保存をつなぐ人たちが登壇したのは、とても興味深いことでした。


以下は感想というか余談に似ますが。


僕自身が出版業という、それこそアカデミズムの外にあって、「つなぐ」ことを目指す場所にいるからかもしれませんが、こういう人たちがどんどん議論して、自分たちのフィールドと相手のフィールドをぶつけあうような議論をするのは、刺激的でした。


長くなるので詳しくはまたあらためたいと思いますが、良い本とは、入口と出口はシンプルでいいのだと考えています。

入口から出口に到るプロセスが起伏に富んで、説得力にあふれたものである必要はある。

ただし、入口と出口は、つまり問いかけと答えは単純であってもいい。のではないかと考えています。


たとえば、

入口「戦争をしたいか?」→出口「絶対に嫌だ」

入口「ある国の歴史を知りたいか?」→出口「ぜひ知りたい」

ということで、本としてはいいのだと思っています。

ただしここで「→」で示した部分こそが、本の中身であり、議論の主題であり、頁を埋めるインクの汚れの本質です。そこでは論理や例証や物語や共感や実践が、できりかぎり豊かに駆使されないといけません。

多くの書き手・作り手は、究極的にはシンプルな問いと単純な答えの間に、どれだけ多様で複雑なことばを盛り込めるか――それによって出口にどれだけの説得力を持たせ、次の入口を求めるさらなる問いかけを築けるか――に腐心するのだと思います。



土曜のシンポ終了後に、主催サイドの柳原先生からいきなりTwitterのDMでチラシ制作を要請され、慌てて作ってお送りする。

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