• みずき書林

きみは完全にはしゃいでるのさ


旧友たちと忘年会。

旧友。というか、前の職場の同僚たちなのだけど、僕と同じようにすでに前職を離れている人も集まって、旧知・旧友というほかに何とも呼びようがない。



アミューズのカプレーゼからセコンドのハラミのステーキまで、4時間以上かけて。

ボジョレー・ヌーヴォーを含むボトルを4本ばかり空けつつ。


話題は、共通の知り合いである他の同僚たち、著者たち。

映像は、水曜どうでしょうからスパイク・リー。

本は、谷川俊太郎から平野啓一郎。

音楽はポール・マッカートニーからyersayer。


だいたいが下らない話で大笑いしているだけである。

彼ら彼女たちはデザートに進み、僕を含む何人かは甘いものをパスしてビールに戻る。

全員がてんでに好きなことを喋っているだけ。



あれからまだ2年も経っていないのに、僕のアイデンティティはまったく別の居場所を得たのだと実感します。


彼らの仕事上の愚痴や悩みも、微苦笑で迎えることができて、なんなら無視だってできる(笑)。昔は解決する能力もないくせに、無視するほど経営サイドと割り切れもしなかった。

ありゃま。困ったねえ。といっては笑い、よかったねぇ。と言っては笑う。どっちにしろ笑ってりゃいい。

僕にとっては、いまのほうがはるかに良好な関係なのです。




そうだ。小沢健二の新譜の話をするのを忘れた。

僕(の世代)にとっては、彼の『LIFE』は圧倒的な多幸感に包まれた、まさに魔法のかかった音楽であって(今の高校生や大学生が星野源に感じているであろう、大衆性と個人性が、計算と天然が絶妙にブレンドされた、育ちの良いポップさに近いかもしれない)、十数年ぶりに、彼の相変わらずの無茶な譜割りと奇妙な歌詞を聴いているだけで、実際に泣けてくる。

ああ『LIFE』は実家で姉が聴いてたんだよなあ、とか思い出して。

そんな小沢健二が、昔と同じ線の細い少年のような声で「光あれ」とか歌うときに、ひどく切ない気持ちになるんだけど、そういうことってないかい?



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岡山県の女学生の日記を読む会

1月のうちに3冊下版というのは、久しぶり。 前職のときは全然あるシチュエーションでしたが、みずき書林になってからは本の作り方そのものを変えたこともあって、なかなかない。 考えてみれば、創業のときに6~7月で4冊刊行したとき以来かもしれません。 その合間を縫って、日曜日には研究会に参加していました。 どこまで書いていいのかわからないのですべての固有名詞を伏せますが、岡山県の女生徒が戦時中に綴った日記

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