• みずき書林

ごはんの文章

ごはんを作るのと、食べて飲むのと、本を読むのが好きだ。

ということは当然、食べ物についての文章が好きだ。

美味しそうな描写を読むのは、読書の喜びのひとつですね。

そのあとの食事も楽しみになります。


以下は手元にあった本から適当に抜き出したもの。



A

蛸や烏賊を茹でる巨大な釜や、仕入れた魚を入れるクラッシュアイスのたくさん詰まった木箱、それらをネタにしてゆく職人の包丁さばき、大量に焼かれる夢のような伊達巻、煮切り醤油を作る鍋、煮貝や干瓢の釜、穴子を焼く炭火、床一面に引かれた木製の簀の子、寿司酢と手桶、湯飲みとお茶、徳利と日本酒、檜のまな板、流される井戸水、湯気、氷、火、そういったあらゆる粋で鯔背なマテリアル群が放つ、あまねく天国のような芳香と光、それらのアンサンブルがグルーヴする、スペクタキュラーとしての寿司屋の板場という奇跡の空間に、僕は完全にノックアウトされ、フェティッシュでノスタルジックな官能をすっかり刷り込まれた。だからそれ以後、たとえそれが回転ずしであれ、寿司屋に行くと反射的に回想的になる。


B

プリモのお勧めはシシリー名物のパスタ・コン・サルデ(鰯のパスタ)とイカスミのリングイーネ。このふたつは優劣つけがたく美味しい。鰯のパスタというのはパスタに鰯と松の実とフェンネルとレーズンを混ぜたとても香ばしい料理で、皿が運ばれてきたときの匂いが実に良い。内容の取り合わせがちょっと奇妙に感じられるかもしれないが、実際に食べてみるとなかなかなごんだ味わいがある。シシリー以外ではめったに食べることのできないものであるから、もし当地に行かれることがあったらこの料理は是非賞味していただきたいと思う。


C

日本に帰って、いちばん先に作ったものは、海苔弁である。

まずおいしいごはんを炊く。

十分に蒸らしてから、塗りのお弁当箱にふわりと三分の一ほど平らにつめる。かつお節を醤油でしめらせたものを、うすく敷き、その上に火取って八枚切りにした海苔をのせる。これを三回くりかえし、いちばん上に、蓋にくっつかないよう、ごはん粒をひとならべするようにほんの少し、ごはんをのせてから、蓋をして、五分ほど蒸らしていただく。

もったいぶって手順を書くのがきまり悪いほど単純なものだが、私はそれに、肉のしょうが煮と塩焼き卵をつけるのが好きだ。


D

焼くときは、これも魚と一緒で皮目から。でも何もしないでそのまま焼くと皮が縮まって、いったん縮まった皮はそのままです。だから最初がかんじん。焼き始めるときに、底の平らな耐熱皿やフライパンなんかをのせて、皮をぎゅーっとのばした状態にして焼く。僕たちは手で押さえて焼くんだけど、何か重しを乗っけてもいい。そこまでして皮をまっすぐに焼きたい。すると、焼き上がりがパリッパリになって、鶏のグリルはそれがうまいんです。



誰の文章かわかるでしょうか?


Aは菊地成孔。Bは村上春樹。Cは向田邦子。Dは作るほうのプロで、落合務。

みんなぞれぞれに、いかにも、という良い文章ですね。



最近の料理より。牡蠣とほうれん草のシチューと柿と春菊のサラダ。かき尽くし。

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