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執筆者の写真みずき書林

なだめるもの――『ブレッドウィナー』のことばへの信頼


一番書きたいことを先に書いてしまうと、ことばへの、物語ることへの信頼を描いた作品です。


(以下、うっすらとネタバレを含みます)



ほかにも感じるべきこと、論じるべきことはたくさんあるでしょう。

911以降のアフガニスタン・カブールを舞台にしていることからわかるように、歴史的・地理的な背景は、陰影に富んでいます。

カナダ人の原作者、アイルランド人の監督といった制作陣の意図を汲みながら、そういう視点から作品を解釈するのが、むしろベーシックな論じ方かもしれません。

あるいは女性が髪を切って男性として生きねばならないことや、姉の婚約のくだりなど性差の問題も大きな論点です。

また、タイトルどおり貧困家庭と子どもの労働問題としての視点もありえます。


つまり、多くの社会的角度をもった、批評誘発性のとても高い作品です。

言い換えれば、暴力と抑圧のなかで父を見失い、貧しく、幼い女性であり、それでも働き手となることを選んだ主人公パヴァーナの環境は、さまざまな面で過酷です。



そういう過酷な人生を歩む少女が現実にたくさんいることに思いを馳せることは、とても大事なことです。

公式サイトのイントロダクションも、寄せられたコメントも、多くはそういう方向性で語られています。それは大切なことです。


しかし僕がもっとも感動したのは、冒頭に書いたようなことでした。

この作品は、難しい背景を知らなくても、純粋に作品として楽しむことができます。

そして物語ることの力で、パヴァーナの世界とわれわれの現実がつながるように作らています。


おそらくそれは、作品の構造が優れているからです。


この作品は三つのレイヤーに意識的に作られています。

実際にアフガニスタンやタリバンを抱え込む、我々のこの現実世界。

パヴァーナが生きる、作中のカブールの町。

パヴァーナが語る、少年の冒険物語。

そのそれぞれの世界のつなぎ方が、見事です。



パヴァーナが生きる荒涼とした世界と、彼女が物語る少年の冒険世界は、入れ子構造になっています。

パヴァーナとその家族にとって、物語ることは紐帯であり、慰めです。

ことばを読み、綴れることが、苦しい状況を大きく変えていきます。



ラスト近くで、パヴァーナが危機に陥ります。

そのとき、彼女は落ち着くために物語を語るのです。逃げるのでもなく、戦うのでもなく、ただひたすら語るのです。

その物語のなかでは、やはり少年がピンチです。

悪いゾウの王を倒して村を救うために、少年は三つのものを集めなければなりませんでした。〈ひかるもの〉〈とらえるもの〉〈なだめるもの〉。でも最後のものを手に入れていないまま、少年は王のもとに行ってしまいます。相手の眼を射るひかるものも、相手の動きを封じるとらえるものも、もうありません。

そのとき、男の子もまた、物語を語るのです。必死で、繰り返し語る。

それが相手をなだめていきます。



そして、その最後の語りの中で、パヴァーナの物語と彼女が語る少年の物語、そのふたつの世界を死者がつないでいることが明かされます。


この作品中で〈物語ること〉と並んで重要なことに、〈名前をつけること〉と〈名前を呼ぶこと〉があるようです。


パヴァーナと友人は、男の子として生きるために、自分たちに新しい名前をつけます。

〈晴れた夜の月にかかる光輪〉という名をもつ女性の名を呼び、書くことは、とても大事な転換点になります。

そして物語の中の少年には、名前がなければなりません。


パヴァーナは、名前をつけ、物語ることで、今はもういない大事な人をよみがえらせます。

少年が名前を名乗った瞬間に、その創作の秘密は、パヴァーナの世界を突き抜けて、我々の現実のレイヤーにも還流してきます。その少年が、物語の階層を抜けて、いまここに現実にいることを実感します。



物語が、ことばが、混乱や不和や不安をなだめる。

名前を呼べば、もう会えない人がよみがえる。

ことばにはそういう力があることを、パワフルな温もりで描き出しています。

そして同時に、死や暴力や抑圧に抗するために、そういうことばの力を切実に信じなければならない場所があることを、想起させます。

(アフガニスタンは、いまあらためて「ことばが通用しなかった場所」として注目されています。だからこそ、ありきたりな言い方ですが、「今こそ見る価値がある」と言えます)



***


ちなみに、本作品が始まる前に「レイト・アフタヌーン」という10分程度の小品が上映されます(もしかしたら恵比寿だけかもしれません)。

この作品も、『ブレッドウィナー』とはぜんぜん別方向から涙腺を破壊してくるので要注意です。





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