とても楽しく、クレバーなエッセイ集。
ぜんぶ面白いので、頭からお尻までまるごと味わえばいいのだけど、とりわけ好きだったエッセイを挙げておくと、
「転校生の境界線」
「いつかジェシーとオニオンフライを」
「大人になった日」
「私が知らなかった島」
「3月の滝行をなめるな」
「卵をあたためる」
「笑ってはいけないお葬式」
が僕にとっては印象的でした。
全体を通して一貫しているのは、著者の思慮深さです。一種の臆病さといってもいいかもしれません。
シャイで人見知りだけど、そんな自分をなんとかしたくて、落ち着かない気持ちのまま突っ走っちゃう。意外とうまくいきそうで調子に乗っちゃって。でもなんだかんだで思ってた場所に着地できなくて、ひとりで首をひねっている。
そんな藤岡さんの後ろ姿が見えるようです。
その背中が震えているのは、くっくっと笑っているからです。でもときには声を出さずに泣いているようでもあります。
藤岡みなみの笑いはつねに自分に向けられています。だから笑いに品がある。
泣くときにはかならず一回自分のなかで涙を揮発させています。だから涙の痕しか見えません。
子どもの頃の思い出もたくさん語られます。
幼かった頃は気づかなかったことに、いま振り返ると気づける。
そして気づいてしまったからには、もう思慮の足りなかった子ども時代には戻れない。
だから大人の思慮深さは、もう相手を傷つけたくない、相手と溝を生みたくないという臆病さと表裏一体です。
おそらく藤岡さんは、すごく慎重に丁寧に、原稿を書いたのではないでしょうか。しかも最終的にそのことを読者に感じさせないようにも気を遣いながら。
……なんだか感想が重たいな(笑)。
すごく楽しい本なんです(とってつけたようで申し訳ありませんが、ほんとなんです笑)。
ここには、きわめてまっとうで時間を費やすに値する、読書の喜びがあります。
これは最上級の誉め言葉として書くのだけど、寝転んで読めるリラックスした雰囲気がある。でもときに、立ち止まって何度も同じ文章を目でなぞってしまうようなハッとする強さもある。この人の文章の特色のひとつである、思わず笑ってしまうようなツボを得た楽しい比喩表現もある。
藤岡さんはたしかTwitterで、この本は渾身の作品で、自分の全部を出し切ったからこれでだめなら今の自分にできることは少ない、といった趣旨の発言をしていた気がします。
多くの人を代表する意見になると思いますが、僕は藤岡みなみという作家が書くこととその書き方に関心があります。
書き続けてください。こちらは読み続けます。
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