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  • 執筆者の写真みずき書林

人はみな慣れぬ齢を生きている


ずっと気になっていて、折に触れて思い出す短歌があります。


人はみな慣れぬ齢を生きているユリカモメ飛ぶまるき曇天


永田紅さんの作です。

いうまでもなく、永田和宏氏と河野裕子さんの娘さんです。



もう10年以上も前に、河野裕子さんに数回のエッセイの連載をお願いしたことがありました。

依頼状を発送した数日後にお電話をいただきました。

数分で読める、短く肩の凝らない文章を書いていただくために「通勤通学の帰路に、数駅分で読めるようなエッセイを」とお願いしたところ、「数駅分というのは面白いわ。東京で働いている若い人の発想かしら」とおっしゃっていたのを憶えています。


2010年に河野裕子さんは亡くなり、そのころに読まれた歌は、永田和宏さんのものも併せて、いつ読んでも涙が滲みます。



ともあれ、紅さんによるこの歌。

死を間近にした裕子さんと和宏さんの短歌も素晴らしいですが、この歌はいま生きている人の歌です。


僕はいま40歳で、そんなに歳をとったとも思っていませんが、しかし全面的に若いともいえない歳です。

20代の頃などは、40代といえばしっかりとできあがった大人だと思っていました。

地に足がついて、人生に迷いもなく、決められた(できることなら自分で選んだ)人生の路線を着実に歩んでいるものと疑っていませんでした。自信があって、迷いのない人間になっていると思っていました。

しかし、実際にその年齢になってみると、そんな大人ではさらさらないのです。

この感慨は、ほとんどすべての人が同じように思っているのではないでしょうか。


10代が20代を見るとき、20代が30代を仰ぐとき、30代が40台を憧れるとき、40代が50代を見上げるとき……そのときになれば、人生は完成されているように思います。

もしかしたらある種の諦念とともに、その完成を期待もすると思います。


しかし――少なくともいまのところ、そしておそらくはいつまでも――僕の人生は完成されないようです。

良くも悪くも、かつて思っていたような人生には程遠いところにいるような気がします。


最近、同年代から少し下の世代のいろんな人と話をすることが多いのですが、僕だけに限らず、多くの人の人生は、かなりのところ不安定で不確定です。

何が起こるかわからないことに迷っている人も多くいますし、楽しんでいる人もたくさんいます。


迷うか楽しむか。このさいそういう二者択一に自分を落とし込んでしまう必要もないのでしょう。


人はみな慣れぬ齢を生きている


その居心地の悪さを感じながら、迷いつつ楽しみつつ、まるき曇天をどこまでもいつまでも飛ぶためのこころとことばを養うということでしょうか。

(そうそう。「こころとことば」というのは、河野裕子さんにお願いした連載エッセイのタイトルでした)



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