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  • 執筆者の写真みずき書林

僕の・嫌いな・仕事相手

取材は楽しい。


日時を打ち合わせるのは若干手間がかかるときもあるけれど、普通はなかなか会えない人の話を直に聞けるのは、本作りのもっとも楽しい仕事のひとつだろう。

最近はオンラインで取材ということもある。ちょっと味気ないし、できればお目にかかって話を聞きたいけれど、とはいえ興味深い話の実質に変わりはないし、貴重な時間を過ごせるのは間違いない。



取材が終わると、録音を文字起こしする作業が始まる。

業者に出せば1分いくらで作業をしてくれるのだけれど、この会社を作ってからは、自分でやるようにしている。コストと時間の節約のためでもあるけれど、やっぱり一番最初の文字起こしを自分でやっておくと、そのあとの編著者や取材相手とのやりとりのうえでも、相手が言っていることがちゃんと腑に落ちるように思えるからだ。

村上春樹は、翻訳をするときに下訳を使わない理由を問われて、「英語から日本語に起こす一番最初の部分、いわば〈横のものを縦に起こす〉ときが一番面白いから」といったことを言っている。実に秀逸な表現だと思うけれど、取材の文字起こしもそういうところがある。

取材の日のことを思い出しながら、耳で聞く音を目で見る文字に起こしていくのは――正直、めちゃくちゃ面倒臭いし、お金出して業者に発注しようかと思うことも再三なのだけど――編集者としてやりがいのある、やるべき作業なのは間違いない。



とはいえ、まあ、面倒なことは面倒だ。

なにより気が滅入るのは、たまに出てくる編集者の声だ。

いまやっている企画では、基本的にはインタビュアーとインタビュイーの対話に任せる方針だが、たまに補足的な質問を挟むことがある。そんなときには、イラつくあいつの登場である。

この男は、ほんとに腹が立つ。

ろくなことを言わない。発話が文章の態を成していない。だらだら喋って何を言いたいのかわからない。声質がむかつく。

自分の声は、普段自分が喋りながら聞いているのと、録音などで耳にするときは全然ちがう。普段の声は口蓋や骨で響いてから耳に届くからそんなふうに感じるらしいのだけど、ともかく録音のなかでの、耳慣れたような、まったくの他人のような、でもひとまず違和感しか感じない、この男の声。

この男の喋り方にはまったくうんざりで、せっかく調子よく進んでいた文字起こしも、こいつがでてくるとうんざりしてやめたくなる。

文字起こしした後も、原稿を整理するときに何度も何度も録音を聞き返すのだけど、そういうときはこいつの喋りはスキップする。

こいつはいつも外でこんなふうに喋っているのだと思うと、いやになる。

もうちょっときちんと喋れよな。

最近はそこに加えて、zoomの画像すらついている。これはもう、論外である。

zoomは動画付きのものとオーディオオンリーのものと保存されるから、断然音声オンリーで作業することになる。



この男以外のインタビュイーにもインタビュアーにも違和感はまったく感じない。

みんな普段通り喋っている。

ということは、僕も普段、この男のように喋っているということだ。やだやだ。



オンライン授業? そういえば9月からはそんな可能性もあるとかないとか。

自分の喋っている姿をリアルタイムで見せられながら90分心折れずに喋る+それが録画で残るなんて、とても無理だ。

考えたくもないね。



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