• みずき書林

写真家・宇佐美雅浩氏(2)

最終更新: 2019年4月22日


そう。

宇佐美雅浩は、事務所のなかを森にして、そこで連作の作品群を撮ろうとしている。

ちょっと考えてみてほしい。6畳くらいの自分の部屋を森にすることを。

床に枯れ葉と土を敷き詰め、天井には様々な木の枝を張り巡らせ、壁には木の幹を並べ、石を転がし蔦を這わせ、部屋の中を「森」にしてしまうことを。

しかも、1枚の写真ごとにコンセプトを変えるのだ。

今回は「苔」をメインコンセプトにしている。でも先々週まで、この部屋には桜が咲いていた(僕はそのセッティングも少し手伝った。桜の木は、ムカつくほど重かった)。

彼は、撮影が終わるたびに「森」の構成物をそっくり入れ替えて、10枚近い作品を撮っているのである。


その事務所は、表参道にある。地下鉄の表参道駅から根津美術館に通じる道沿い。ハイブランドが軒を連ね、日本で一番オシャレな人々が集まる通りのひとつだろう。

その通り沿いにあるマンションの小さな一室が、森になっている。

窓からは、向かいのブランドショップが見える。

しかし室内は完全に森になっている。

無茶苦茶である。



話の流れ上、写真をアップするのは控えておく。

スマホで撮影してきた制作風景をアップできれば、その異常さ・面白さが一目瞭然なのだが、まだ未発表でもあり、作品の性質上、それはやるべきではないだろう。

いずれ発表される作品を見ていただきたい。

それが都会の狭い部屋の中で撮影されたものだとは、ちょっと信じられないと思う。


「それって、フツーに森に行って撮影すればいいんじゃないの?」という単純な疑問も、作品を見ればそういうことではないことがわかるだろう。

その森は、まごうかたなき森でありながら、明らかに自然の森ではない。どこまでもリアルでありながら、どこかに人工美が感じられる。「この森は普通も森ではない」ということが見た瞬間に直感される。

同じ理由で「CGで作ればいいんじゃない?」という方法も却下される。CGで作られた「完璧さ」とはまた違う不完全さ=創造性をもって、作品は細部に目を凝らすことを求めてくる。


――といった作品の詳細についての感想はまたあらためる。

ともあれ、僕はその作品の準備をするために、山奥で汗をかきながら苔を運んでいる。

(いちおう断っておくが、山の所有者は宇佐美さんの懇意の方であり、許可はすべてとってある。知らない山から勝手に採っているわけではない)


昨年、共通の知り合いであるデザイナーに紹介されて、はじめて知り合った。

その後、何度か一緒に飲んだりしていたが(その事務所でも鍋をしたことがある。あのすっきりとシンプルな内装だった部屋が、いまや森である)、いつのまにか作品制作を手伝うことになった。


僕の事務所は広尾にあり、表参道には徒歩20分程度で行けるし、写真家が撮影するところに立ち会う機会など滅多にあることではないから、ひとつ首を突っ込んでみようと思ったわけだ。

独立してひとり出版社になったおかげで――毎日なんやかんやとやることがあるとはいえ――時間配分は自分で調整できる。それに、ひとりになってから決めていることだが、面白そうなことにはなるべく一枚かんでみようとも思っていた。


そんなわけで、僕は千葉山中で猪におびえながら、苔を運んでいる――「表参道なら広尾から近いから手伝えますよ~」と言ったのは数日前である。

山中には、宇佐美さんと僕のほかにもうひとりいる。

ついさっき、山の所有者の方に紹介された、地元で暮らす22歳の青年。写真家になりたいと思っている彼は、宇佐美さんに紹介された数分後には、手伝いを頼まれて山中でノコギリをふるっている。

暗くなってからの積み込み作業は自分の車のライトで照らしてくれ、新聞紙が必要になれば自宅から大量に持ってきてくれる。片付けや車への積み込みといった地味な作業も嫌な顔ひとつしない。

温厚で献身的な、今どき珍しい(というと年寄り臭いが)好青年である。

こういう人と出会って一気に仲間に引き入れてしまうのも、宇佐美さんの羨むべきキャラクターだろう。


苔のついた木片を何十本も山から降ろしたら、次に竹を切る。

これも何十本も切り、持ち帰りやすいように枝を結束していく。竹取の翁みたいな仕事である。

そしてそれを車の後部座席に積み込んでいく。

あたりはすっかり暗い。山の所有者が差し入れてくれた菓子パンが、やたらに美味い。


それから僕たちは青年と別れて、表参道の事務所まで1時間半かけて帰る。

(青年はその翌日もさらに次の日も宇佐美さんとともに夜中まで山に入り、ついには謎の写真家に拉致られたと思った(笑)身内の方を心配させることになるのだが、それはまた別の話)

運転席と助手席の間には、竹と笹の葉が飛び出している。

車中は土の匂いが濃い。

笹の葉越しに見える宇佐美雅浩の横顔は、ごく普通の微笑を浮かべている。

しかしこの男もまた、自分だけの情熱と才能をもっていて、それを自分の人生にフィットさせる方法と手段を考え続けている。

(いずれまた、つづく)

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