• みずき書林

出版のための「史料のストーリー」


昨日土曜日は、一橋大学で「満洲の記憶」研究会に参加。

『マーシャル、父の戦場』の日記翻刻メンバーである森巧さんのお誘い。

森さんの発表のあと、編者の大川さんのお話。

ほかにも日記を読んだメンバーから、中野さん、番定さんが参加。



これまでも何度か聞く機会がありましたが、高校時代から本と映画を作るまでの大川さんのお話には、ごく静かでとても穏やかな口調でありながら、聞く者を圧倒する眩しさのようなものがあります。

さらに日記解読をともに行ったメンバーが同席していたことで、「共同研究」などという大仰なことばを使うまでもなく、何かを一緒に成し遂げた人たちの連帯も垣間見えるようでした。



本日日曜は、前職時代に何冊も一緒に本を作った先生と面会。

3年ぶりくらいの再会。

もうかれこれ10年以上の付き合いの中で、5冊ほど本を作ったのでしょうか。




昨日の研究会と、本日の打ち合わせで、僕は同じようなことを話しました。

いっぽうは、はじめて出会う研究会の参加者に向けて。

もういっぽうでは、前職ではよく知っていた(今の仕事の仕方はまるで知らない)人を相手に。

そこで話そうとしたことは個人的に大事なので、備忘録として整理しておきます。



あくまで僕という個人がやっているひとり出版社の話なので、どこまで一般化できるかは不明ですが、史料を中心に商業出版をするときには、


1.史料の環境

2.史料の内容

3.史料の伝播


が大事だと思っています。

この3つをひっくるめて、「史料のストーリー」と呼んでもいいでしょう。

「1.史料の環境」とは、その史料の生まれた背景です。史料の最重要点である、WhenでありWhereでありWhoということです。

昨日も今日も、『マーシャル、父の戦場』を例に挙げて話をしたのですが、1945年までの2年間、マーシャル諸島共和国(旧マーシャル群島)の離島で、末端の兵士である佐藤冨五郎氏が。

これらのメタデータがどういう意味を持っているか。

僕にとっては、マーシャルという知らない場所で、名もなき一兵卒が遺したという点が大きな魅力でした。これは編集者や会社のスタンスによって変わると思いますが、(あくまで僕の場合は)もしこれが日ロ関係の軍司令官の史料であったり、日米関係の外交官の日記であれば、このようなかかわり方はしていかなったかもしれない。ということです。



関連して、「2.史料の内容」は、いわばWhatです。

これが重要なことはいうまでもなく、アカデミックな史料価値は、多くここに依ります。

ただ、内容的な価値というのはいくつかの側面があります。

もっともわかりやすいのは歴史学的な価値だと思います。たとえば通説を覆す新しいことが書いてあるとか、そういうことです。

当時の生活がわかるとか、暮らしの実態がわかるなどの民俗的な価値などもこれに類するものでしょう。文化人類学的価値、言語学的価値、エトセトラエトセトラ。

多くの出版社が史料を翻刻・影印刊行するのはその学問的価値を認める故です。

ただし今回のケースを例にとると、あくまで僕の場合は、冨五郎日記という史料の中心には「詩的価値」(乃至「文学的感慨」)があったと言えるかもしれません。

あまり長くなるので詳しくは書きませんが、「人生を感じる」ということです。

昨日の「もし日記の内容がつまらなかった途中でやめてしまっていたかもしれません」「読むほどに冨五郎さんが身近になっていった」「もし目の前に冨五郎さんが現れても、普通に話ができるような気がした」という趣旨の大川さんの発言は、もしかしたらこの感慨に近いかもしれません。

史料は無味乾燥なものではなく、それを残した「人が見える」というのは、決定的に大事な値打ちです。



そしてそういう意味でもっとも魅力的なのは、「3.史料の伝播」のプロセスかもしれません。つまり、その史料がいま・ここにあるために、史料そのものがどういう歴史を辿ったのか。

2の学問的価値とは直接関係ありません。しかしもっともストーリー性が高いポイントであり、ここにこそ「人が見えます」。

多くの研究者の先生方は意外と意識していないかもしれません。しかし読者目線に立って断言してもいいですが、Howというべきこのプロセスが魅力的なものであるかどうかは、本が広く受け入れられるかを左右します。

言い換えれば、研究者/本の著者自身の思い入れです。

どうかその思い入れを隠さないでほしいのです。研究だからといって、クールに振舞う必要はない。

自分にとってだけは、この資料はOne of Themではない。そういう思い入れが、活き活きとしたコンテキストを生みます。

そしてそこをこそ、読者は知りたいのだと思います。



出版業界はハードでシビアですが、読み手に訴えかける「史料のストーリー」があるならば、まだまだ出版によって読者を獲得することは、不可能ではないはずです。




……といったことを、昨日も今日も喋りたかったのですが、まあ毎度のことながらうまく喋れないので、家に帰って反省しながら、よちよちこういう備忘録をつけるのです。


© 2018 by Mizuki Shorin Co., Ltd.