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#出版物の総額表示義務化に反対します

執筆者の写真: みずき書林みずき書林

来年4月1日以降は、出版物に総額表示(税込表示)が義務づけられるという報道。

備忘録として、現時点での理解を記しておきます。


まず以下が、いま流通している本の表示です。


細かい点は各社異なりますが、


定価:本体○○円+税


というかたちになっています。

これを、消費税等込みの総額表記にせよ、ということです。

たとえば上記の2500円の本であれば、


定価:2750円(税込)


とするようにとのことです。


なお、書籍の場合は

「本の定価表示は、一般的にカバーの裏に印刷される」

というのも前提です。


これの何が問題なのか。

これを考えるためには、本という商品の特徴をまず把握する必要があります。


【商品としての本の特徴】

この件に関して、書籍という商品の特徴は、僕の理解では以下の2点です。


1.本は圧倒的な多品種商品である。

2.本は数年~数十年単位の長い間にわたって販売される


〈1.本は圧倒的な多品種商品〉

1については、細かい点は省きますが、2019年度の新刊点数が7万点を超えていることを指摘しておきます。

というか、ここ数年はずっと7万点を超えているのです。

毎年、7万種類の新商品が出続けているということです。

たとえばスーパーのアイスが、毎年7万種類も新しいフレーバーを出すでしょうか。ハーゲンダッツが逆立ちしたって、そんなことはできません(しません)。

これはつまり、書店にはいろんな種類の本が少しずつ在庫されていることを意味します。

書店の店先を思い浮かべてみればわかりますね。

ベストセラーや話題の新刊を除いて、通常の書棚にはたくさんの種類の本が1冊ずつ置かれている。というのが普通の本屋の姿です。

このアイテム数の多さ、多様性が、日本の出版業界の最大の魅力のひとつです。


〈2.本は長い間にわたって販売される〉

2について、これも書店の棚を想像してみればわかると思います。

毎年新刊が出続けるとはいえ、今年の書店はすべて2020年刊行の本で埋まっているわけではありません。

各書店は客層を見ながら独自の棚を作りますが、そこにはずっと昔に出た本も、売れ続ける限り置かれることになります。

いわゆる定番商品とかロングセラーと呼ばれるものです。

スーパーの惣菜コーナーに、2000年に作られたポテサラが並ぶことはありえません。

でも本には賞味期限がありませんから、定番商品は長く売られることになります。

良いものは長持ちする。

これもまた、日本の出版界の素晴らしいところです。


以上、多品種+長期販売、これが出版文化を支える基本です。


【総額表示の問題点】

ではそれを踏まえて、今回の義務化の問題とは何か。

大きく分けてふたつあると思います。


〈いま書店にある本が売れなくなる〉

まず、ごく簡単にいえば、いままでの表記方法で流通している本が、すべて販売できなくなる(簡単に言えば法律違反になる)ということになります。

先述のように、各書店に少しずつ置いてある大量のアイテムが、すべて「このままでは売れません」となるわけです。

書店は、何らかの対応をしなければなりません。


〈税率が変わるたびにすべての表記をあらためることになる〉

次に問題となるのは、たとえ今の10%の税率ですべての表示を改めることに成功したとしても(多くの版元にとって、この前提がそもそも無理なのだが。後述)、将来税率が変わるたびに、表示を変えなければならない、ということです。

「他の商品はすべてそうしているんだから、なぜ本ではそれができない?」と感じる方は、たとえばさきほどの総菜のポテサラのことを考えてください。

ポテサラはもちろん総額表示ですが、容器にシールで貼ってあります。

そしてポテサラは数日で棚の商品がすべて入れ替えになります。

ポテサラという商品を回転させるルーチンの中では、税率が変わっても、次回からシールに打刻する数字を変えるだけでいいわけです。

しかし書籍の定価はカバーに印刷されています。

先述のとおり、たくさんの種類を長く売るものです。

表記を変えるのが簡単ではないわけです。


【総額表示のメリット】

以上の問題点は現場にどのような大混乱をもたらすか。

そのことを考えてみる前に、ではこの義務化によるメリットをいちおう見ておきます。

端的にいって、メリットは以下くらいしか思い浮かびません。つまり、


消費者(読者)が価格を面倒なく知ることができる


くらいです。

しかし以下に書くように、出版社と書店が圧迫され手に入る本の多様性が失われれば、出版従事者とともに最大の不利益をこうむるのは、結局のところ読者です。

以下で書くことが起った場合、それが「ワンルックで価格がわかる」というメリットに見合うものであるか、よく考えてみる必要があります。


【具体的に起こりうる混乱】

では、総額表示義務化のデメリットは、どのような具体的な混乱として現れてくるでしょうか。


〈想定される最悪のケース〉

書店は、いま店にある全商品が「売れない」ことになるわけですから、いったん出版社に返品して表記が改められるのを待つことになるかもしれません(返品云々に関して、再版委託制についてはここではいちいち書きません)。

そうなると、書店は出版社が対応するまで、一時的にせよ売れるものがなくなります。

当然、書店は潰れます。

いっぽう大量返品をされた出版社はどうなるか。

出版社は返品分は当月の売上から差し引かれることになりますから、大量返品があった場合は、その月の収入をはるかに上回る返品額が差し引き請求され、体力のない出版社はその月のうちに潰れます。

ヒトでいえば血液がいっせいに逆流するようなものです。まあ、死にます。


ただしこれは、想定される最悪のケースです。

こうなると書店も出版社も大量に潰れます。返品業務を請け負う取次は手数料で一時的に焼け太りするかもしれませんが、書店も出版社も激減する以上、いずれ後を追うことになるのは間違いありません。

(甘いかもしれませんが)いくらなんでもこのケースはないと思われます。


〈書店に起こりうること〉

上記の最悪のケースは避けるとしたところで、いま書店店頭にある書籍が売れないのだから、書店も対策をしなければなりません。

僕は書店ではないので詳しいことはわかりませんが、しかし予想されるのは、書店の多様性が失われるであろうということです。

書店は早急に、総額表示の商品を並べないといけません。

対応できるのは、体力のある大手になるでしょう。そして大手にしたところで、全商品のカバーを一気に刷り直すはずがありません。当然、売れ筋商品、ベストセラーの出荷体制を優先的に整えるでしょう。

加えて、おそらく週刊誌・月刊誌などの雑誌は「賞味期限がある本」なので、総額表示への移行に抵抗感が少ないのではないかと予想され、こういった商品が店頭の大半を占めるという状況が加速されることになるでしょう。

ベストセラーや雑誌ばかり置くのがいけない、と言っているわけではありません。

書店も商売ですから、生き残るためにそういう方向に舵を切る必要もあるでしょう。

しかし、いったん変わってしまった書店の棚を元に戻すのは難しいですし、その裏で、地味だけど着実に売れる書籍(ようするにほとんどの書籍)が淘汰されるのはありうることです。

そしてそういう本を出している非大手出版社(ようするにほとんどの出版社)は、体力的に早晩耐えられなくなるでしょう。

(そしてここでいう「早晩」とは、年単位の話ではありません。出版社の規模にもよりますが、月単位の話になるでしょう)


〈出版社に起こりうること〉

書店で起こるこのような混乱は、とうぜん版元に波及します。


まず、これから作る新刊の場合。

これは総額表示に切り替えて印刷をするところが、ほとんどだと思います。

それでひとまず急場はしのげます。

しかし、上記のとおり、今後税率が変わった場合は、元の木阿弥になります。

税率が変わるたびに、すべてのカバーを印刷し直すか、シールなどを上から貼り付けることになります。

カバーの刷り直しには、とうぜん紙代と印刷代のコストがかかります。

さらに、これは重要なところですが、カバーのかけ直しやシール貼りは、すべて人力です。人が手作業で行います。

一度かけたカバーを外し新しいのをかけ直すのは、あるいはカバーの裏にシールを貼るのは、誰かの時間とコストを大量に消費する手仕事になるのです。


さて、では新刊は総額表示のカバーを刷るとして、既刊には何が起こるか。

上記の新刊の「税率が変わった場合」と同じです。

カバーの刷り直し&かけ直し or シール貼り

これを既刊全点について行うことになります。

いうまでもなく、そのようなコストに耐えられる出版社は多くありません。

大手・中堅は、売れる本はカバーの刷り直しをするかもしれませんが、売れない本はこの機会に絶版にする可能性も高まります。カバーを改装するコストが見合わないとみなされた書籍は、絶版&断裁という末路を辿ります。


うちは2年半前に創業した超零細企業で、価格表示をしている刊行点数はわずかに12点。

それでも、総在庫は5000~6000部はあります。

カバーを刷り直してかけ直すコストは、経営に少なからぬダメージを与えるでしょう。

まあうち程度であれば、総額表示のシールをもって倉庫に数日こもり、シールを貼りまくることで対応することも不可能ではないかもしれません。

でも、中堅出版社だった前職は、10万冊以上の在庫がありました。

大手になるとどれくらいの在庫があるのか見当もつきません。

そこでは必ず、良書であっても売れ行きがよくなければサルベージしない、という判断が下されることになります。


僕が思うに、良心的な小・中堅出版社ほど、危ないと言えるかもしれません。

彼らは自社本を絶版にしたり断裁することを、矜持にかけて避けようとする傾向があります。

しかし人手が少なく、経営的に余裕がない場合も多い(人のことは言えない)。

そういうところが真っ先に潰れたり廃業したりする暗澹たる未来を想像して、気が重くなります。


【いまできること】

しかし、先走って悪い想像をして辟易している場合ではありません。

この国のクソみたいな為政者は……と書きかけてやめます。今はそういうのはいい。

いまできることをやっておくしかありません。

やれることは、ささやかですがいくつかあります。

以下はいうまでもなく僕の独創ではなく、SNSやメーリスで回ってきた情報です。

(こういうとき、版元ドットコムという出版社の連合体は、とてもありがたい)


〈SNSでの支援〉

Twitterでは、

がトレンド入りしています。

tweetし、RTすること。

のときに何らかの影響力を発揮したのは確かだと思います。

「#○○やめろ」みたいな漠然とした雑言は意味がないけれど、こういう個別具体的な案件については、力を持ちうるのではないでしょうか。


〈財務省へ意見する〉

以下の財務省のサイトから意見・要望を送信できます。

無記名・メアド未記入でも送信できるはずです。

僕もさきほど、この文面を短くして送信しました。


以上、ともに微微たるものですが、しかしやらないよりはいい。

「微力ではあるが無力ではない」という素敵なことばがありました。


【補足】

この備忘録では、スリップとバーコード(の下段)のことはあえて省きました。

版元にとっては実地に対策すべき問題であるのは確かですが、本質的な議論からはやや離れるので。

いまやれることをやりながら、必要に応じてどういう具体的な対応をしなければならないか、注視しないといけません。



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