• みずき書林

分かちあうことと分かりあうこと――土門蘭『経営者の孤独。』4/4


平田はる香「答えにたどり着く道を探しているのは「考える」であって、「悩む」ではないですよね。だから、そこで孤独は感じないです」(『経営者の孤独。』P139) いずれにせよ、僕は辞めることにした。 そのときには、ひとりで出版社を作ってみることに決めていた。 ほかの出版社に転職するつもりはなかったし、そういう活動も一切していない。 ほとんど誰にも相談はしなかった。近しい人に決意表明はしたけれど、相談したことはなかったと思う。 そのときから、僕の気持ちは上向き始めた。 ものすごく幸運なことに、あれから1年半が経って、いまのところ気持ちは上向いたままだ。 後悔はほぼまったくない。金はないが、後悔もない。

ラッキーだったというしかない。これは僕の努力ではなく、たまたま周囲にいい人たちが集まってくれていたからだ。うまくいかなくて路頭に迷う可能性もあった。やってみたらとても無理だとわかって、でももう手遅れという可能性もあった。(そしてそういう不安や恐れは、いまでも常にありつづけている) でもいまは何とか生きている。まわりに人がいてくれるおかげだ。(そして正直に書いておけば、僕は性懲りもなく、彼ら彼女たちに好かれたくてたまらない) そして好かれたいけど、ひとりでいることが居心地がよい。逆説的な言い方だが、ひとりになったことで、ひとりではないことも強く実感している。

分かちあうつもりはない。でも、分かりあいたいとは今でも思っているし、そっちのほうがまだしもできそうだ。今はひとりだから。 いまはひとまずそんな場所にいる。 孤独ではあるが、辛くも寂しくもない。 「岡田君は親身に話し聞いてくれるけど、どこか冷たいよね」と前職の社長時代に、先輩社員から言われたことがある。冗談ぽい口調で他意はなかったのだろうが、そのときは鼻白んだ。 だけど、僕にはそういうところがあるのかもしれない。何度も繰り返しているように、僕はできればそんなことを周囲の人の思われたくないと願っているにもかかわらず。 あの頃から環境が変わったけれど、それでも僕はギリギリのところで人にそう思わせるような冷めた何かを発散しているのかもしれない。だからひとりでいることを選ぶのかもしれない。 でもそんなことを気にしてもしかたがない。自分がそうしようと決めた相手には、できるかぎり親身に接したいと思っている。その結果、どう思われてしまっても自分にはどうしようもないじゃないか。 あくまで「今のところ」の暫定的な気持ちだが、やっと、そんなことを思えるようになった気がする。 一般的な経営哲学とは真逆かもしれないが、分かちあうのは不可能だけど、分かりあうのは可能ではないかと今は感じている。

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ダンス・ダンス・ダンス

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