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  • 執筆者の写真みずき書林

原田さんの葡萄


山梨に暮らす原田豊秋さんのご家族からデラウェアをいただきました。


紫、とひとことでいっても一粒ずつ色や艶が異なる連なりが、びっしりと寄り集まっています。

そのうちの一粒を人差し指と親指でつまんで、前歯でちょっと噛むと、皮がつるりと剥けて、小さな甘い果肉が舌に乗ってきます。

味と食感はもちろん、見た目や触覚にも楽しい果物です。


小さな葡萄をひとつずつ食べながら、この一粒が僕の口に含まれるに至った時間について考えます。


始まりは、マーシャル諸島(当時は日本領の「マーシャル群島」)で飢えで亡くなった日本兵、佐藤冨五郎さんです。

彼は動けなくなって亡くなる前日まで、日記を綴っていました。

原田豊秋さんは日記にも何度も言及される、冨五郎さんのもっとも親しい戦友だった方です。

冨五郎さんの日記は生き残った原田さんの手によって日本に持ち帰られ、冨五郎さんの遺族に渡りました。

そして日記を保管していた遺児・佐藤勉さんと、マーシャルで暮らしながら歴史への関心を育んでいた大川史織さんが出会い、冨五郎さんの日記を元にした『マーシャル、父の戦場』という本ができあがりました。

2018年に刊行したときには、原田豊秋さんのご家族は見つかっていませんでした。


同書の「おわりに」で大川さんは、

「この本が原田さんのご家族、原田さんを知る方の近くへ届くことを心から願っている」

と書いていました。

それから3年が経って、昨年、ほんとうに本が原田家の皆様に届いたのでした。そして大川さんと新聞記者の竹内麻子さんの尽力があり、冨五郎さんの息子である勉さんと、豊秋さんの娘さんとの対面も実現したのでした。



僕の口に一粒の葡萄が入るまでには、長い時間のつらなりと、さまざまな人のつながりと、努力と偶然と幸運と気遣いがありました。


1943年から45年のマーシャル諸島で原田豊秋と佐藤勉という同年代の下士官が仲良くなったことの帰結のひとつとして、2022年の僕は葡萄を食べています。

この曰く言い難い、不思議な感情を何と呼べばいいのでしょう。






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