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  • みずき書林

最低の病気と最高のオムライス


がんだと告げられた日のことは、以前に書きました



そのときはがんが転移していることはわかっていましたが、原発巣がどこかはわかっていませんでした。

そのことを告げられたのは、10日後の9月6日(月)。


雨が降っていました。

五反田にある病院の診察室。もしかしたら、10日前にがんだと告げられたのと同じ部屋だったかもしれません。似たような部屋が多くてわからないのですが。


この日のことはあまり憶えていないのですが、スキルス胃がんだと告げられ、部屋を出た瞬間に口をついてでたことばは憶えています。

「最低や」

と言いました。


それから、廊下のベンチに座って実家の両親に電話をしました。

僕が自分のこととして「スキルス胃がん」というワードを発したのは、そのときが最初だったと思います。

両親と話をしているうちに、あまりのことに落涙しそうになりましたが、そのときベンチの隣におばちゃんが座ったので、泣くのはやめました。



せっかくだからお昼ご飯をすませて帰ろうということになって、妻とふたりで、入院中はいけなかった病院内のカフェテリアで、オムライスを食べました。

そしたらこれがとてもハイレベルの、デミグラスソースのたっぷりかかったふわとろオムライスでした。さすがNTT関東病院。私立はレベルが高いぜ。

コロナ対策で横並びに座らされた妻と僕は、オムライスの意外なおいしさに顔を見合わせました。


どうやら僕の胃はあまりまともな状態ではないらしい。しかし、そんなことはおかまいなしだ。僕は最後の一口までオムライスをそこに送り込んでから、タクシーで帰宅したのでした。


こうして振り返ってみると、憶えているのはそんなことばかりですね。


写真はまったく関係ない、いただきものの秋の装いでくつろぐクリーム。

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新しく出版社を立ち上げた堀郁夫くんのブログを読んでいます。 もともとうちから刊行する予定だった『原爆写真を追う』の新刊情報もアップされました。四十手前の男を捕まえて何ですが、新しいことを始めるひとの初々しさを感じます。 今日は少し、いや、けっこう羨ましい感情が不意に湧き起こって眩暈がするようでした。 僕にはもう新しいことを始める余力はありません。いまやっていることのひとつに、遺言状の制作があります

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