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  • 執筆者の写真みずき書林

温厚な亡者たちの天国――コミケ体験記(上)


8月11日。

コミケ。

なぜか、コミケにいってきた。

僕は、そういうカルチャーからは縁遠い人間である。

学術系の出版を生業にして、もう40歳を超えた。

ガンダムはファーストだけ偏愛している。エヴァは他人に借りて観た。

いま連載中の漫画で最近読んでいるのは、『金色のマギノビオン』『ヴィンランド・サガ』『目玉焼きの黄身、いつ潰す?』だけである。しかも最後のものはタイトルすらうろ覚えで、テキトーに書いている。『ちはやふる』と『あさひなぐ』は面白かったけど途中で力尽きた。

ドラクエやFFはひととおりやっているが、FGOはDLだけして放置している。その他のゲームにはまるで自信がない。

好きな声優。どころか、知っている声優すらひとりもいない。

テレビも持っていない。


そんな人間が、コミケ。

どうしてそんなところに行くことになったのか、詳細は省くが、サークルブースに出展する知人の手伝いである。個人的なお手伝い参加なので、みずき書林は一切関係ない。あくまで個人としてのヘルプ参加である。



朝7時過ぎ。

一般の開場は10時だから、7時過ぎに家を出て8時頃に着けば、いくら過密をもって知られるコミケとはいえ余裕だろうと思っていた。が甘かった。

自宅のある恵比寿から国際展示場まで直行する埼京線は、日曜の朝7時だというのに、早くも混雑している。異常な混雑は会場に着くまで――というか、今日の終わりに会場を後にするまで続く。



とにかくすごい人である。

こんなに多くの人間を同時に、かつ長時間眺め続けたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

来場者は1日で16万とか17万とか。会場を歩いていて、

「今日で50万は行くっしょ」

「明日までには70いくかね」

という会話を小耳にはさむ。とにかくすごい人数。

駅から会場に着くまで、僕が考えていたことはただひとつ――いまここで大震災が起こりませんように。


販売のブースのひとつひとつはとても狭い。

ひとつの長机をふたつのサークルで分け合っていて、背中合わせのサークルが1メートルも隔てないで背中に並んでいるから、とても窮屈である。

そのような列が、ビッグサイトの空間を埋めて、延々と視界の先まで続いている。

僕はたいして役には立たなかったが、それでも釣銭を出したり書籍を購入者に渡したり、在庫を確認したり、手伝っている間はそれなりに慌ただしい。

そんななかでふと目を上げると、ずっと遠くまで人びとが狭い区画のなかで自分の商品を売り、買いたいものを買っている。ビッグサイトの高い天井に届きそうな、人びとの熱気の渦が感じられる。みんなが何かを売り買いするために、35度を超える気温のなか、蠢いている。僕もまた、そのような膨大な人びとの群れのひとりである。自分の手元の仕事に必死になって、ふと顔を上げると、みんなそんなふうに生きている。

まるで人生のようだ(笑)。

と阿保のような感慨を抱く(笑)。


そして、こんなにも人口密度が高く、こんなにも暑く、こんなにも空調が効果を発揮していないのに、来客の皆さんは、とてもとても行儀がよく、温厚である。

たとえば東京中のありとあらゆるデパ地下を、そこに通うおばさまやおじさまごとビッグサイトに集めたとしたら、一瞬で暴動が起こり、ここを先途と他を押しのけて、列を乱して、目当ての店舗を目指してデッドヒートが繰り広げられるだろう。

しかしコミケのみなさまは、極めて温厚であり、行儀がよく礼儀正しい。

係員の言いつけはよく守り、列を乱したり、エスカレーターを走ったりする不逞の輩はほとんどいない。もちろん、みんなそれぞれの欲望を抱えているのは間違いない。物欲。所有欲。参加感。一体感。あるいはある種の性欲。睡眠欲と食欲を満たすにはまったくそぐわないが、それ以外のほとんどあらゆる要望を満たすための物品が、売られているのだろう。

でも彼らは大人しく、健気なまでにルールを守る(ように僕には見える)。

すげえなあ。と思う。

文化的である。15万以上の人たちが、この場を楽しもうとしていて、欲望を満たそうとしていて、そのためには自分ひとりがわがまま勝手なことをするのではなく、設定されたルールを守るほうが結果的にいいと知っている。これを文化的といわずしてなんと言おう。

個人的な欲望によってのみ突き動かされているにもかかわらず、きわめて社会化された人びと。

天国のデパ地下は、きっとこんな客層だろう。

(つづく)


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