トーキョーアーツアンドスペース本郷で開催中の「藪を暴く」では、3人の作家の作品を展示しています。
キュレーターの居原田遥さんによると、
「本書の主題は「恐怖」」であり、「私はアーティストである三人の「怖い女」たちに、「人に恐怖を与える作品を作って欲しい」と提案した」とのこと。
「恐怖を生み出す対象は多くの場合、暴力である」とも書いています。
居原田さんも書いているとおり、三者は三様に、ある種の暴力を描いていて、その先にある死の予感を描いているようにみえました。
もっといえば、(これは僕が男性であり、ここでは意識的に3人の女性が集められているからかもしれませんが)「暴力の男性性」というべきものを意識させられました。
遠藤薫さんの「KILL MY SON」は、明快なコンセプトとトリッキーな視覚効果をもった作品です。
VRのインパクトが強調されることになる作品ですが、正面の大画面にはホームビデオ風の息子の映像が流れ、足元には息子の遊び道具である列車のおもちゃとレール、恐竜などが子供部屋のように実際にちらばり、VRはそのなかにAR的にシームレスに現れることになります。
その風景の中で、奇妙にディフォルメされた息子はお母さんの背中を追いかけ、銃を撃つようなしぐさをして、倒れ、突然現れたトラックに繰り返し轢かれます。
その画像そのものが、作家の抱える潜在恐怖について診断した精神科医による療法プロセスになっているとのことです。
我々は作品を観る前にあらかじめ、作家が診断された神経症的な恐怖についての情報を与えられます。
息子が死ぬことが怖いというのは、子どもをもつ多くの親が共通してもっている感情だと思います。
ここではさらに、息子が加害者になること/誰かを殺すことの恐怖も語られます。
③④⑤⑧⑨が、息子が加害者になる恐怖です。
おそらく、この感情は作家が母である以上に、子どもが男性であることから生まれているのではないかと思います。
もし娘だったら、こういう恐怖はなかったのではないでしょうか。
娘であれば、誰かに傷つけられるという恐怖は増したかもしれませんが、誰かを傷つけたり殺したりする恐怖は、ここまで強くならなかったかもしれません。
何事につけ、〈男性だから/女性だから〉という言い方はあまりしたくありませんし、得意でもありません。
しかし暴力的なことに惹かれて、実際に戦争に従事して、他人を損なう可能性が高いのは、やはり男性に多いことは確かです。
我々は誰に教わったわけでもないのに、戦隊ものや仮面ライダーなどに惹かれ、敵を攻撃するゲームをやるようになり、スターウォーズやゴッドファーザーなどをバイブルにする男の子になっていきます。
(個人的なことを告白しておくと、僕は子どもの頃、いつだかの誕生日だかクリスマスに、ボウガンが欲しいと希望したことがあります。
ボウガン。いったい何を考えていたのでしょうか。何を見てそんなものを欲しいと思い、それで何をしたかったのでしょうか。
その希望は両親によって明確に拒絶され、ボウガンなどというものが僕の手元に来ることはありませんでした。そのときは不満でしたが、ありがたい判断だったというべきでしょう)
遠藤薫さんは、最愛の息子が最悪の行為をなしうる存在であることを恐怖します。
遠藤さんの息子さんはまだ4歳くらいのはずです。
にもかかわらず、乱暴な遊びを強要され、不要に叩いてくる日常があります。
いつか、息子が遊びの中で誰かを傷つけ、暴力を推奨するような仕事に就き、戦場で人を殺すかもしれない。
最愛の息子は、恐るべき他人でありうる。
愛する理由はないが、愛さなくなる理由は、おそらく明確にありうる。
隣の部屋で、別の作品を観ます。
クッションに座り、ヘッドフォンをつけて大画面の映像作品を観ていると、となりのクッションに小さな子どもと母親がやってきます。
ちょうど会場に来ていた、遠藤さんと息子さんです。
息子はちょっと退屈しているのか、むずがってクッションの上でごろごろしています。
大画面に映っているのは死にかけのハムスターだからね、ちょっとつまらないかもしれないね。
お母さんが作った、きみが登場する作品は観た?
あのかっこいいVRゴーグルは、君の好みかもしれない。
でも、映っている映像はどうだろう。そこではきみは何度も死んじゃうんだ。
もう少し大きくなったら、不意に死んじゃう可能性は低くなると思う。でも、はんたいに、誰かを激しく傷つける可能性は少し高くなる。
いつかもう少し大人になったときに、きみはこの作品を観るだろうか。
そのとき、どんな大人になろうとしている途中なのだろう。
僕はもう40歳を超えている。
君のママよりぜんぜん年上なんだ。
でもいまでもたまに、母親の視線を感じることがあるよ。
冗談抜きで、どこで何をしていても、親の視線って、ずっとあるよ。
ママは、どこにいる?
どんな顔で君を見ている?
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