• みずき書林

雲と残照――寺尾紗穂とジョニ・ミッチェル


寺尾紗穂さんの歌声は高くまっすぐでのびやかです。

ときには歌っているというよりも、そっと語りかけているようだったり、あるいは独り言をささやているようにも聞こえます。

そしてどんな歌い方をしていても、いつも声に〈張り〉があります。

誰かに語りかけるように歌っているときでも、ひとりで呟くように歌っているときでも、静かに背筋を伸ばしているような、ぴんとした〈張り〉が感じられます。


こういう声のあり方は、僕にはジョニ・ミッチェルを想起させます。

ふたりの声質に共通する部分が多いということもありますが、それよりもその佇まいがとても似ているような気がします。

もちろん、寺尾さんは「A Case of You」(名曲です)を日本語訳してカバーしていますので、影響は受けているのだと思います。

でもおそらく、これは歌唱法や作曲の特徴といったテクニカルな部分もさることながら、なんというべきか、パーソナリティの共通点という感じがします。


もの静かで、笑うときも声をあげて笑ったりはあまりしない。

ふたりでいるときでも、心のどこかの片隅はひとりでいて、相手を優しく穏やかに、ときに冷静に辛辣に見つめている。

歌うとき(と寺尾さんは文章を書くとき、ジョニの場合は画を描くとき)以外は、普段の暮らしのなかで自分の感情を表現することには、それほど積極的ではない。

とはいえ、外見からはわかりづらいけど感情の振幅が大きくて、いつもひとりで何かを考えてやりたいことをやっている。

だからけっこう忙しいのだけど、でも決して慌ただしくはならない。

そして出会いの予感よりも別れの予兆に敏感である。

(実際には知りません。あくまでその音楽から感じられるイメージです)


(ここではもうひとつの共通点である、歌詞世界の千変万化する振れ幅の大きさについては、長くなるのであえて触れないでおきます。ジョニ・ミッチェルが「All I Want」を歌いながら「Big Yellow Taxi」も歌うように、寺尾紗穂も「あなたの景色」を歌いながら「アジアの汗」を歌います)


(また寺尾紗穂とジョニ・ミッチェルについて、ファンの間でどういうふうに言及されているかもまったくチェックしないで書いています。昔はそういう音楽的なコンテキストを追いかけるのが大好きでしたが、昨今は予備知識や周辺情報を集めることにはあまり関心が向かず、ただ気に入ったものを聴くだけです)


ジョニ・ミッチェルに、「Both Sides Now」という曲があります。名曲であり、有名曲です。

69年のセカンドアルバム『Clouds』の最後に収録されています。

以下が冒頭の歌詞で、このあと「clouds」のモチーフは「love」「life」と変奏されていきます。


いっぽう、寺尾紗穂さんの2010年のアルバム『残照』の最後には「残照」というタイトルトラックがあります。

こちらは歌詞はこれだけでおしまいです。続きはありません。


前者はアコースティックギターだけ、後者はピアノだけの演奏です。

大人になってから感じなければならない人生の成長痛のようなものをそっと歌うときに、ふたりの静かにじっと見すえるようなパーソナリティは、とくに共振するように聴こえます。



Both Sides Now


Rows and flows of angel hair

And ice cream castles in the air

And feather canyons everywhere

I've looked at clouds that way


But now they only block the sun

They rain and snow on everyone

So many things I would have done

But clouds got in my way


I've looked at clouds from both sides now

From up and down and still somehow

It's cloud's illusions I recall

I really don't know clouds at all



残照


陽はすでに落ち

暗い部屋にひとり

こぼれゆく時を

足元に見つめ


問えど応えなく

風が鳴るだけ

愛した人も

いまは遠く


ときかえらず

あなたの微笑みが

はるか届くだけ

残照のように



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