• みずき書林

1000部


Twitterやブログでは、ニュース性の高いことや政治的なことは書かないようにしています。

一番の理由は、ほとんどの場合、生産性のある前向きな流れにならないことが多いからです。

真面目さが、反論の名のもとに、揶揄するような揚げ足取りに絡めとられていくような。

真剣な意見表明が、同意の名のもとに、偏狭な極端さに回収されていくような。

もちろん、そういう場での意見やメッセージが、いまは世論形成に大きな影響力を持っていることはわかります。そういう場所で声を挙げている人の中に、尊敬に値する人もたくさんいます。

ただ僕は、性格的にそういうことを避ける傾向にあるということです。

あんまり面白いことにはなりにくいから。



で す が


まあ、この件はちょこっとだけ書いておこうと思います。

このテキストを読んで下さっている――ということは、ほとんどの場合僕の知り合いであり、みずき書林に何らかのかたちで関わってくださっている方への、あくまでプライベートに近いテキストとして。

その件とは、あれです。例の幻冬舎の件。

詳しい経緯はいちいち書きませんが、自社で本を出した作家の実売部数を公表したことについて。

「編集担当者の熱意を伝えるためだった」という苦しい言い訳をしていましたが、あのtweetを読めば、そんな意図ではなかったことはわかります。もしあのテキストが担当者のやる気と熱意を伝えるための文章だったとすれば、見城氏は思いのほか文章が書けない人ということになり、また大方の予想をはるかに下回る伝達力しか持っていないことになります。伝説的な名編集者であった彼が、自分の書く文章に対してそこまでずさんなはずはありません(皮肉に聞こえそうな書き方ですが、皮肉ではありません。評価はどうあれ、彼は出版界の大きな「顔」のひとつですから。自分の言動が及ぼす影響力に無頓着なはずがありません)。



彼が、対象となる作家を否定し、拒絶する意図をもって部数を晒したのはほぼ疑いえないと、多くの人は見ます。僕もそう見ます。

部数を世間に公表することの是非はひとまず措きます。よく売れた場合は「100万部突破!」といった言い方はしばしばするわけですから。晒したその数字が刷部数なのか実売部数なのかも、この際些細な問題です。



こういう仕事をしていて反発を覚えるのは――もういっぽうにいる、見城氏にとってはより思い入れがあるに違いない作家を守るためとはいえ――実売部数を唯一の価値として、自社の書き手を貶めて否定しようとしたことです。

(その思い入れのあると思しき作家については、書きたいことはありません。僕にとってこの件は、彼の作品や作風は無関係です)


小説をはじめとする文芸書と、僕がやっているような学術書では、刷部数であれ実売部数であれ、部数がまったく違います。0がひとつか、多いときにはふたつみっつ違います。

文芸書と学術書は違う、と書きましたが、より正確にいうと、百田某や村上春樹や東野圭吾や池井戸潤といったベストセラー作家とその他の文芸書および学術書は、まったく違います。

その他の文芸書は、今回数字が晒されたとおり、学術書とあまり変わらないような部数で戦っています。

そしてそういった世界では、1000部売れることはたしかに価値のあることなのです。

自分がずっと研究してきたことが、ずっと書きたいと思っていたことが、1000人の他者に読まれる。これは考えてみればすごいことです。

もっとたくさんの人に読んでもらいたいという願いを抱きつつも、その素朴な驚きや、しみじみした感謝は、忘れないでいたいものです。



「出版社にとって、その本が成功したとみなしていい条件は何か」ということを、昔々にどこかで喋ったことがあります。

そのとき言ったのは、

1.その本が出版社にとって十分なだけ売れる

2.その本を一緒に作った関係者が喜ぶ

3.その本を読んだ読者がひとりでも喜ぶ

のどれかを満たした時には、その本は成功と考えてもよいのでは? ということでした。

「すべてを満たすこと」ではありませんよ。「どれかひとつでも満たせば」成功です。

ずいぶんと甘いハードルかもしれません。

しかしモノ作りは、出来上がった本がすべてですから、このご時勢であってみればなおのこと、これらのすべてを満たすために努力して、ひとつでも達成できれば良しとしなければならないのではないでしょうか。

今回彼は1が満たされていないことだけを理由に、自ら2を否定し、3の可能性を認めようとしませんでした。

超有名な編集者であり、業界内外の多くの人がカリスマと思っていた人だったからこそ、なおさらそこが引っかかるのです(皮肉に聞こえそうな書き方ですが以下同文)。


……とここまで読み返してみて、自分で勝手に書いた文章ながら、誰かに書かされているような感が否めません。書いていても、ぜんぜん楽しくない(苦笑)。

やはりこういうことは、あまり言わないほうがいいようです。



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