• みずき書林

1376――昭和五〇年代論

タイトルの数字は、今月完成する2冊の本の合計ページ数です。

2冊で1376頁。

みずき書林史上2トップとなるボリューム感の本を同時に刊行することになろうとは。


まずは福間良明先生の編による、

昭和50年代論――「戦後の終わり」と「終わらない戦後」の交錯


昭和50年代というと、僕が生まれた年も含まれています。

自分の生きてきた時間が研究の対象になるとは、それだけ歳をとったということなのでしょう。


昭和50年代の前は、いわゆる「政治の季節」と呼ばれます。

そして昭和50年代のあとには「バブルの時代」がやってきます。


ではこの昭和50年代というディケイドはどのように注目され、名付けられてきたのか。というと、これまでの研究のなかでエアポケットのような位置にあった、というのが、福間先生をはじめとする15人の研究者たちの問題意識です。


「「政治の季節」から「バブル文化」に行き着くまでに、どのような文化や社会の変容が見られたのか。その過程で、先行する時代をいかに引き継ぎ、断絶していたのか。この転換の過程については、これまで整理がなされなかった」


と福間先生は述べます。

本書はサブタイトルのとおり、この期間を「戦後の終わり」と名付け、同時に「終わらない戦後の始まり」と位置付けます。


思いつくままにキーワードを挙げると、

特攻隊、山田太一、阿部定、青年海外協力隊、沖縄、在日朝鮮人、山崎豊子、美容ブーム、劇画、マイコン、『ナンバー』、スポ根ドラマ、ガンダム、植村直己、歴史小説

といった感じになるでしょうか。

これらの多岐にわたるワード群を一望するだけで、この時期の歴史が先の戦争に軸足を残しつつもマージナルな領域に拡散し、そのなかで文化が爛熟の一歩手前であったことが予測されるかもしれません。


昭和53年に、僕は生まれます。

そのときのメディア・文化状況はどういうものだったのか。

もし名付けるなら、「政治の季節」「バブル文化」のような簡潔な名づけは可能なのか。

自分の足元が歴史化していく不思議な感覚とともに、あらためて考えてみたいと思います。


***


最後に余談を。

この本の編集作業中に、僕は自分が病気であることを知り、そのことを公表しました。

福間先生をはじめ本書の執筆者の方々には、さまざまにご配慮をいただきました。この大部な本のページの間には、先生方のお気遣いがたくさん挟み込まれています。


また。

本書の装丁は、松澤耕一郎と竹井仁志というデザイナーが制作しています。そして組版は、アトリエ晴山舎の森貝聡恵さんが担当しています。

彼らはみんな、前職のときの仲間たちです。

今回この本を制作するにあたり――あの頃はごく当たり前だった――でもみずき書林ではおそらく最初で最後になるかもしれないチームで、もう一度本を作ってみたかった。

それが実現したことも、個人的には感慨深いことです。


装丁の候補はもうひとつあって、執筆者間の投票では真っ二つに割れました。そちらも捨てがたかった。



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HISASHI君とAMIさんのラジオにゲスト出演した回、後編が公開されました。 ここで内容について長々と書いてそれを読んでもらうよりは、ぜひ聞いてみてください。 僕は歴史学・社会学・文学といった本が好きで、そういった本を作ってもいます。 それを踏まえていろいろ喋ったのですが、個人的にもっと喋りたかったこと。 それは「感動ってなに?」ということでしょうか。 感動をするって、どんなメカニズムなんでしょ