• みずき書林

75(3)


「どうしてこんな苦しいことをわざわざやっているのか、自分でもわかりませんよ(笑)」

(宇佐美雅浩、写真家/撮影準備をしながら漏らした言葉)


よって、ここでいう才能とは、「その人だけの情熱と愛情と、その結果としての表現」と換言することができるかもしれない。

大衆性や換金性や時代性や継続性はほとんど関係がない。少なくとも僕は、問題にしない。

ただ、その人がいなければその表現もなかった、というものをひとつでもアウトプットできた場合、そのときその人にはある種の才能があったと言っていいと思う。


それが万人にウケたか。金になったか。世間で騒がれてみんな知っているか。歴史的な偉業か。

そんなことは関係ない。

その人がキラキラと――あるいはギラギラと――やりたいことを追い求めているとき、そのように生きていられることだけが重要になる。


多くの場合、彼ら彼女たちのパラメーターは、僕のそれほどバランスのとれたグラフは描かないかもしれない。僕のは能力であり、その人のは才能だから。彼ら彼女たちは、あるアビリティで120点を叩き出すから。

そのパラメーターはいびつだ。

いびつだけど、鋭角に突出した一点がある。


彼ら彼女たちには突出した一点があり、その一点は他の何物にも・誰にも置き換えることはできない。


それがどれだけかけがえのないことか、わかっていますか?



なお、この一連のテキストの冒頭には、この一年間で僕の印象に残ったセリフを思いつくままに順不同・本文とは無関係に挙げている。

僕をのけぞらせ、考えこませ、ため息をつかせた言葉。

他にもたくさんの人がたくさんのことを喋り、その気になればそういった言葉をもっと思い出すこともできるが、ひとまずテキスト量の配分を考えて全4回くらいに分けることにして、思い出すままに4つだけ挙げた。

(北尾さんは僕の著者ではないが、タレンテッドな編集者だと思う。みずき書林とはトランスビュー加盟時期におけるほぼ同期なのだが、仰ぐ存在である。彼は僕よりひと回りもふた回りも大きなかたちで、バランスの良いグラフを描いている)

(つづく)

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