• みずき書林

本と音楽


17日ばかり入院していました。

最初の1週間は手術直後で絶飲食。点滴だけで生きている状態で、身体中にいろんな管が入っていて、痛み止めを飲まないと腹部が痛く、夜はうまく眠れず、リハビリをしても思うように歩けず、もう何もする気が起こりませんでした。

ブログを更新しようとして、2回ほど中途半端なスケッチを試みて、挫折しました。


次の1週間は、どんどん良くなっていく回復期でした。

一本ずつ管が少なくなっていく。歩ける距離が伸びていく。流動食が食べられるようになっていく。

とはいえ、毎日、何か不測の事態が起こりました。

やっとの思いで食べたものを直後に全部吐く。痛み止めを飲むのを止めたらやっぱり痛くてしょうがない。外れたと思った管を元に戻さないといけなくなる。腰が痛む。


基本的に寝ているだけだし、夜はぜんぜんうまく眠れないから時間はあるんだけど、何もできないし、やる気がでない。


そんなときに気を紛らわせてくれるのは、やっぱり本と音楽でした。

病室にはテレビもあって、僕は家にテレビを持っていないので、最初は物珍しくていろいろ眺めたりしていたんだけど、ぜんぜん面白くなくて、そのうちニュースくらいしか見なくなりました。

(そのニュースだって、心を明るくしてくれるようなものではまったくありませんでした。コロナ禍はすさまじく、自宅療養の方が次々と亡くなっていきます。アフガニスタンは再び混乱に陥っています。天気予報すら暗く、豪雨と土砂災害を伝えます。チャーリー・ワッツが死にました)。


kindleを持ち込んでいたので、映画を見ることもできたのですが、いざとなると長時間、映像を見続けることに気後れがしました。

やはり体力や集中力が落ちていたのでしょう。2時間ほどずっと画像と音を摂取し続けることが億劫なのです。


そんなときに、やはり音楽と本が救いになりました。

最初の1週間は、長編小説やややこしい歴史書などはとても読めません。

エッセイやコラム集みたいな、ごく短く他愛のない本をぼつぼつと読むだけでした。

内田百閒、中島らも、村上春樹の昔のエッセイなど。

回復期に入って少し経つと長いものが読めるようになり、入院の最後の3日で村上春樹『騎士団長殺し』を読破しました。数年ぶりに読み返し、小説自体はそこまで面白いものではなかったけれど、とはいえ長い小説を読むという行為自体にわくわくし、読み進めていくことが純粋な喜びに感じられました。


音楽も、入院生活後半くらいから、やっと聞きたいと思えるようになりました。

意味の分かる人の声が鬱陶しくてロックやポップミュージックはまったく聴きたい気持ちにならず、ジャズやクラシックばかりを聴いていました。

ウェイン・ショーター『Native Dancer』、ビル・エヴァンスのソロピアノ、シューベルトのストリングトリオ、ジョン・ダウランドの古い曲などが沁みました。


結局のところ、僕がこれまで愛好してきたのは本と音楽(と料理と酒)だったのだと気づきました。

これから先も、そういうものを楽しみながら生きていくのでしょう。




ミルトン・ナシメントの天上的な声とショーターの伸びやかなサックスが美しい。



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「わたしとはあなたでできている」

つくづく思うけれど、毎日、気持ちは変わります。 我ながら軽率なんじゃないかと思うくらい、気持ちは日々入れ替わります。 昨日はひどい気分でした。 今日はいい日でした。 それは午前中にもらった電話と、午後に会っていた人たちと、今日もらったいくつものメッセージのおかげです。 こうなる前までは、「大人は自分の機嫌は自分でとる」ということばに頷いていました。 毎日いろいろ起こるけど、大人たるもの、精神のバラ