• みずき書林

『タリナイ』公開1周年記念イベント2/3――とーく


映画上映後の、ウクレレ奏者の近藤研二さんと映画の宣伝担当であるアーヤ藍さんを交えてのトークでは、この夏にマーシャルで上映会をしたときの20分弱のビデオが上映されました。


そこには、映画に登場したマーシャルの人たちの、今の姿が映っていました。

少女は大きくなって、お母さんになっていました。

おじさんも、少し歳をとっています。

すでに亡くなってしまった人もいると聞きました。

女の子の成長に驚き、ひょうきん者のおじさんの言葉に笑い、まだ若かった兄さんが死んだことを知ってショックを受けます。

もちろん僕は直接彼らに会ったことはなく、映画の中で知っているだけなのですが、それでも僕はもう彼らの顔を知ってしまっています。

みんながそこにいて、そしていつかいなくなります。

だからこそ、分かり合いへの希望は、捨てられてはならないのだと思います。



ところで、「映画を観てマーシャル人が爆笑する問題」というのが、この春のAAS上映のときから、関係者の間でちょっとした話題になっていました。

映画は穏やかで明るい雰囲気を持っていますが、大笑いするようなものではありません。しかし、マーシャル人たちは、日本人にとってシリアスな場面でも大いに笑うのです。

このことは謎でした。

今回のビデオで、実際に会場中が――とくに子どもたちが――笑っている場面を観ることができました。

そしてその後のトークで、マーシャルには映画館がなく、そもそも大画面で映画を観るという行為そのものがレアな体験であることに言及がありました。

単に、知っている人/知っている場所が出てくるから笑ったと解釈していましたが、マーシャル人にとっての映画環境ということも加味して、この笑いの問題を考え直してみる必要がありそうです。


いうまでもなく、映画には、

①カメラ・編集から劇場・客席に到るまでの機材とインフラ

②事象・人物といった被写体

のふたつが構成要素としてあり、同時に、

③聴衆

が絶対に必要です。

そしてドキュメンタリーの場合にはありうることですが、今回のマーシャル上映では②と③が近接していました。

そして③聴衆にとって①劇場空間が日常的なものでないなら、我々は②映画の内容だけに限定して受容を論じることはできません。

ここでは、聴衆にとって劇場空間・映画体験そのものがどういう性質のものかも考えるべきなのかもしれません。

もちろん、大川さんが「陽気だけどシャイで、相手を困らせるようなことは避けようとする」と説明するマーシャル人の気質のようなことも、あわせて考えてみる必要があるかもしれません。


そしてここで、この作品が(僕の理解が間違っていなければ)一見普通の外見によるカメラで撮影されたことに思い至りました。

この作品は、バズーカ砲みたいな大げさな撮影用カメラではなく、普通の〈写真機〉の形状をもつカメラで撮影されているはずです。

そのことが、被写体としてのマーシャル人たちをリラックスさせる効果があったかもしれません。

これは聴衆の「爆笑問題」以前の、撮影時の問題です。

その意味ではやや論点がずれるかもしれませんが、作中のマーシャルの人々がリラックスして自然な表情を見せているのは、撮影者が携えていたのが、いかにも映画クルーといった感じの大型カメラではなく、一見普通の一眼レフのようなものだったことも大きいのではないかと思いました。

もし大げさなカメラを肩に担いだカメラマンや、避雷針みたいにマイクを掲げたクルーがぞろぞろいたら、この映画はこんなふうにはなっていなかったかもしれません。


ドキュメンタリーが完成する前(撮影時)および、完成した後(上映時)の被写体≒聴衆との関係というのも、ほとんど文化人類学/オーラルヒストリーのフィールドに類似しますが、面白い視点になりうるなと、マーシャル上映会のビデオとその後のトークを見ながら思いました。

そしておそらく目にすることはないであろう、この作品の膨大なアウトテイクのなかにも、もしかしたら興味深い画像があるのかもしれません。

(と、延々と書いた挙句に大幅に論旨が混乱したところで、この話題はいったん終わりにして、いわゆる「爆笑問題」については引き続き関係者の体験談を待ちたいと思います)



このトークの中で、印象的だったマーシャル語について問われた藤岡さんが「カッポコポー」を紹介し、それはこのあとのウクレレライブで大いに活用されることになります。

この場でみんなで使えるマーシャル語をとっさに紹介できるセンスはさすがです。


そしてトーク(およびその後の打ち上げ)でのアーヤさんの質問力の高さも特記しておきたいと思います。この人は仕事柄そういう機会が多いのだと推測されますが、インタビュアーとしての能力がとても高い。


短い問いかけで、流れをうまく生み出し、会話を掘り下げていくアーヤさんの名パサーぶりは、藤岡さんの回答者としての瞬発力と相性抜群で、このふたりが大川さんの両翼であることがトークの随所に感じられたのでした。

(さらにつづく)

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