つまらなそうな本のタイトル、という私的ランキングでは、
武者小路実篤『或る男』
有島武郎『或る女』
が長らく双璧でしたが、このほど1位タイで、
平野啓一郎『ある男』
がランクインしてきました。
ある男。
なんとつまらなそうな書名でしょうか。
これ以上平凡かつ訴求力のない書名は、ちょっと思い浮かびません。
なお、平野啓一郎の『ある男』、タイトルに反してなかなか面白い小説でした。
この人のコリコリとした硬質な文体が心地よいというのもありますが、現実的にはありそうもない話を、ありえそうなこととして描き、とりわけ人物たちの感情を読者自身のなかにもあることとして描く技量は相当のものです。『マチネの終わりに』を筆頭に、この人の感情描写は、ぴたっとはまってしまうと「自分のことが描かれている……」と思わせるほどの力があるようです。
読後には「……このタイトル、ちゃんと考えたうえでつけたんだな」と納得すらさせられます。
ただ、出版社の宣伝文句がちょっとばかりやりすぎな感がなきにしもあらずです。
「人間存在の根源に迫る」「この世界の真実に触れる」
これらの惹句は平野啓一郎本人ではなく版元の営業スタッフが考えたのではないかと思われますが、いくらなんでも言い過ぎではないでしょうか。ちょっと気恥しいというか。
僕は平野啓一郎の熱心な読者ではまるでありませんが、おそらくこの人は、イアン・マキューアンのような、きわめて器用な作家のような気がします。巨大であることよりも、多彩であることに才能の本領があるような。
人間存在の根源に迫るとか人生の真実に触れるとかいった大伽藍のような巨大建造物ではなく、それぞれに趣きの異なる側面的・断面的な人生模様を、中規模な作品群を連ねるかたちで表していく作家のような気がします。
平野啓一郎とか村上春樹とかのビッグネームになると、人生を俯瞰するような〈大文学〉的なものを期待されるのかもしれませんし、版元もそういう押し出し方をしたがるのかもしれませんが。
それよりなにより、書名がこれじゃあ、煽り文句をそうとう派手にしないとダメだと焦ったのだとすれば、納得できる話ではあります。
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