• みずき書林

ジュンパ・ラヒリの小説とエッセイ


正月で休んでいた間に、ジュンパ・ラヒリの『べつの言葉で』と『わたしのいるところ』を読了。

ベンガル語を話す家庭で育ち、英語を書くことで小説家となったラヒリが、イタリア語で書いたエッセイと小説です。



彼女は環境によって否応なく話すことになったベンガル語と英語を、それぞれ母と継母に喩えて、完全に自分の意志で選んだイタリア語と区別しています。

イタリア語は喋る必然性がなく、自由と疎外感を同時に感じるような言葉です。

そのこと自体も面白いのですが、日本語訳で読んでいる僕には、その面白さは十分に伝わらない部分があります。

原語で読むことができれば、完全に自分のものにしていないイタリア語だからこその独特な表現もあるようですし、英語作品との比較なども興味深いに違いありません。


しかし翻訳でひとしなみに日本語で読んでいる以上、僕にはそういう感想の書き方はできません。

それでも、原語とは無関係に、この2冊の本はとても面白いものでした。



いや、厳密にいうと、小説またはエッセイとして単純に「面白い」ものではなかったかもしれません。

そういう意味では、英語で書かれたラヒリの代表作である『停電の夜に』をはじめとする過去の作品群のほうが、作品として圧倒的に「読ませる」ものでした。

それらの作品は、無条件で人に勧められる高い完成度をもっています。


イタリア語で書かれたこの2冊は、ラヒリ作品をはじめて読む人に最初に勧められるようなものではありません。

とはいえ僕にとっては実に魅力的でした。

作品としてはそんなに面白いものではない。にもかかわらず、なぜだかひどく惹かれる。

ともに150頁程度の短い作品ですが、読み終わるのが惜しくて数日かけて少しずつ読み進めました。



『わたしのいるところ』は小説、『べつの言葉で』はエッセイですが、ともに断章を連ねていくスタイルで書かれています。『わたしのいるところ』はいちおう長編小説という扱いですが、連作短編というか、掌編の集積というか、ラヒリ本人を想起させる主人公の断片的な語りによって構成されています。

『べつの言葉で』は、その名のとおり、異なる言語で書くことに関する、やはり短いテキストの連なりからできています。



もうひとつの共通点は、書き手がイタリアというなじみの薄い土地や、前述のとおりイタリア語という異言語にフォーカスている点です。

彼女(や彼女を思わせる主人公)は、居心地の悪い環境に歯がゆい思いをし、ときに苛立ち、うまくいかないことばかりで自分の非力に嫌気がさしながら、そのことを丁寧にこつこつと綴っていきます。



その姿勢に――知らない場所や異なる環境について、短い文章を連ねていくことに、なぜかとても魅力を感じます。

さりげない比喩と、シンプルな文章の連なり。

たとえばこんな文章です。


「わたしのイタリア語での執筆は始まったばかりで、まだすり切れてはいない。何世紀も持ちこたえるとも思えない。だが、同じ理由で足場が必要だ。失敗するかもしれない仕事を補強すること。みっともないとは思わない。たぶん、いつかはいらなくなるだろう。足場から解放されて自分だけの力で書くことができれば、もっと自由だと感じるだろう。だが、私の足場として、周りで指導してくれた友人たちのことを恋しく思うだろう。わたしの人生でもっとも素晴らしい経験は彼らにつながっている」



手を動かして書くということが、どうしても必要な人なんだろうなと思わせます。

吉行淳之介は「人生があつらえた服みたいにぴったり肌に合う人には、文学は必要ではない」ということを書いています。

(最近、吉行もすごく久しぶりに再読しているのですが、この皮膚感覚と自己分析力が高すぎて生きていくのが難しそうな――作家本人がよく使う言葉を借りれば、生きていくのが「億劫そうな」人のことは、また別の話)

彼女にとって書くことは日常的なものでありながら、同時にほかの行為とは異なった特別なものなのだろうと思います。

作家としての仕事の中心であり、他者とつながれると信じられるほとんど唯一の行為でありながら、きわめて個人的で一人きりになることができる作業。



・いつも旅を目指していて、

(物理的に場所を移動するという意味での旅ではなく、常に新しいことや未知のものを咀嚼しようとしている、ということです)

・書くことと考えることが密接な人

(「考えたことを書く」ことと「書きながら考える」ことはおそらく別のことで、僕が好ましく思うのは後者の文章です)



そういう人が、呼吸するように、水を飲むように紡いだ文章に、魅力を感じます。

日常的であるゆえに、それは短い断片のようなかたちをとることが多く、そのときどきによって、エッセイのような日記のようなメールのような掌編のような味わいがします。


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