
早稲田大学4号館。
いまから23年ほど前、僕は同大学の映画サークルに所属していて、4号館の地下1階はそのたまり場でした。
当時は小汚いフロアにベンチとテーブルのセットがいくつも並んでいて、各サークルが思い思いにそのセットを占拠して領土権を主張していたのでした。
10月2日(土)14時30分少し前。
ものすごく久しぶりの早稲田大学本部キャンパス。
4号館の裏、かつてよくぶらぶらしていた中庭のようなところのベンチに座ります。そこから、窓越しに洒落た書斎が見えます。
まさに我々が占領していたテーブルセットがあった場所には、なんと村上春樹の書斎が再現されていたのでした。
僕らが毎日集まってはバカ話に興じ、言い争いをし、さも一大事であるかのようにサークルの行く末を議論した場所は、早稲田大学国際文学館、通称村上春樹ライブラリーとして生まれ変わっていました。

台風一過で、もう10月だというのに、28度くらいある暑い日です。
でも風が吹くと少し涼しい。
ベンチに座ったまま、さっきコンビニで買ったポカリスエットのボトルを開けます。冷たいペットボトルを持っていると、徐々に手がしびれてきます。冷たいものを持つと手先がしびれるのは、抗がん剤の副作用です。
あれから20年以上が経って、秋と夏が混ざったような気候の中で、僕はあのときと同じ場所に座って、でもアラフォーのがん患者になっています。人生は不思議で異様です。
間もなく、わが畏友・田中さんがやってきます。
連れ立って、4号館の入口――昔を知っているとちょっと恥ずかしくなるくらいカッコいいカフェに生まれ変わっています――のほうに向かうと、ベンチに座って文庫本を読んでいる大川さんがいます。
この時点で、個人的にはすでに満腹感があります。
喋りたいことがいっぱいあって、でもどれもこれも僕にとってだけ懐かしい昔の思い出で、そんな思い出の跡地が、当時からずっと好きだった村上春樹の記念館になっていることに、いささか呆然としています。
いま、親しくしてもらっているふたりとそんな場所にいると、時空がゆがんでくるような感じがしてきます。
ありきたりなもしもトークですが、もし大学生の僕に、23年後に起こることを伝えたら、どんな顔をするでしょうか。
――きみはひとりで出版社を走らせることになる。
――きみは著者たちとともにこの場所を再訪する。
――そのとき、この場所は村上春樹ライブラリーになっている。
――きみは残念な病気だ。
ひねくれたガキだった大学生の僕は、どれも信じないだろうな。
予約時間が来るまでカフェで談笑しながら、僕はもう満足しかかっているのです。
村上春樹氏の蔵書やオーディオルームを見る前から、もうお腹いっぱい気味です。
でも、クライマックスはさらにもうひとつ用意されていました。
予約時間が来て、3人でひととおりの展示を見て回りました。
最後は、ライブラリーの名物である階段本棚です。地下から1階まで伸びる大きな階段の両サイドに、長大な本棚が設置されています。そこには、村上作品に登場する書籍から、その作品世界を理解するための関連書までがたくさん並べられていました。
選書は、BACHの幅允孝氏が行っているとのこと。
そしてなんとそのなか、「戦争と生死」と題されたコーナーに、『なぜ戦争をえがくのか』が配架されていたのでした。
大川さんがそれを発見し、我々は驚き喜びつつ、スタッフの方に記念撮影をお願いしました。スタッフの方もとても喜んでくださり、何枚も写真を撮ってくださったのでした。

引きの強さ、というやつですね。
あなたたちと一緒にいると、そういうことがしょっちゅう起こります。
いまさらもう驚くには値しないことなのかもしれません。
しかしやっぱり、驚きです。
――思い出深い4号館は、好きな作家のライブラリーになる。
――きみはもっと好きな著者たちと一緒にそこを訪れ、そこで1冊の本を見つける。
――それは彼女が書き、きみが出版した本だ。
信じられないかもしれないけど、そういうことが起こるんだ。

Comments