• みずき書林

私が社長だったころ

こんなタイトルをつけましたが、まあ、いまも社長なのですが。

今年4月にみずき書林を立ち上げる前は、ある出版社にいました。

16年も勤務し、最後の6年間に社長を勤めていました(もちろん雇われ社長でした)。

その最末期に書いたテキストが出てきました。

僕の誕生日は3月なので、これを書いたのは今年の1月頃と思われます。

いや~いろいろ惑っていたんだねぃ、とこの頃の自分を抱きしめたあと、背中を蹴ってやりたい(笑)。

一人称をふだん使わない「私」にしてまで、なんとか距離をとって自分に言い聞かせようとしているのがわかり(笑)、なかなか興味深い。

個人的に面白いので、記念としてここに挙げておきます。



*****


私はあと2か月ばかりで40歳になる。

きわめて真面目でまっとうな前半生であったと言っていいだろう。

満足しているか?

おそらく、否だ。少なくとも今現在の素直な気持ちを言うと、満足できていないというほかない。

もちろん、そんなことを思うのは贅沢だということはわかっている。いまのこの人生で満足すべきだということも理解できる。

五体満足で生まれ、きわめてまともな家庭環境で育ち、いちおう優秀・有名とされる東京の大学に入った。まがりなりにも働く場所を見つけ、ひとつところに16年も勤務して社長にもなった。大金持ちではないが、月に何度かは恵比寿のイタリアンでワインのボトルを開けられるくらいのゆとりはある。結婚もしたし、妻はおそらく私のことを信頼してもいる。ローンは残っているけれど広尾にマンションも持っている。少ないけれど信頼できる友達もいる。

なに不自由ない人生だといえば、たしかにその通りだ。人もうらやむ、というのは言い過ぎだが、外側から眺めれば、ある種の人々からリア充といわれる程度の人生ではあるかもしれない。

しかしこのままでいいのだとは思えない。どうしても思えないのだ。

時間をかければ、こういう気持ちもそのうち落ち着くのかもしれない。実際に40を超えたら、そしていま具体的に持ち上がっているトラブルのいくつかが解決されれば、この焦燥感に似た感情は収まるべきところに収まっていくのかもしれない。そして、こんなことを感じていたこともまるで忘れてしまい、このテキストを読み直しても、自分が書いたことだとは信じられなくなるのかもしれない。

それはそれで結構なことなのだろう。

でも、この数か月間感じ続けている、不安と焦りと怒りがないまぜになった感情はいったい何だろうか。

まるで不整脈のように、心臓が不規則に脈打っているような気がする。心臓に薄い氷を押しあてられているようだ。しかし手を胸に置いてみると、そこは生ぬるく、鼓動がほとんど感じられない。心臓が止まっているような気さえする。

うまく言えないが、後悔を先取りしているみたいだ。

このままでは後悔することになりそうだ。

私の人生は、どこにでもあるイージーなものだ。

自分で切り拓いた、ハードだけど自由な人生ではない。

そしてそれが半分ばかり終わろうとしている。

もう半分しかないと考えるか、まだ半分あると考えるか。

古典的なふたつの視点。

持って生まれた根暗さを押し殺して、ここではあえてまだ半分あると考えよう。

まだ半分ある。

残り半分をどのように過ごせばいいのだろうか。

正直に書くと、いまほとんど恐怖に近いものを感じている。まさか40前になるだけでこんなに不安定な気落ちになるとは思ってもいなかった。たとえばあと20年たてば、私は60歳になる。20年は長いようだが、私が大学に入学してから、昨年でちょうど20年だった。大学に入ってはじめて東京に出てきてひとり暮らしをスタートしたことなんて、ほんのちょっと昔のことだ。私はそのころのことをかなり鮮明に思い出すことができる。

20年などあっという間だ。60歳なんてあっという間に来てしまうだろう。

私は、人生のもう若くない領域に足を踏み入れつつあり、そのうちに死ぬことになる。

だから、自分が感じたことを、本当にやりたいと思ったことを仕事にすることはできないだろうか。

出版社のパブリック・イメージや社内のパワーバランス、助成金はたしかに大事だ。学術に貢献しているという安心感もあるにこしたことはないかもしれない。しかし、もし出版を続けていくなら、本当にやりたいことに、やるべきと信じられることに、時間を費やすべきなのかもしれない。

それは何だろうか。たとえばテーマや分野をここで具体的にしたり、箇条書きに挙げることは難しいかもしれない。ただし、もしやりたいことが目の前に見えたときには、これだと手を伸ばすことはきっとできる。目の前にするまではそれがそうなのだとはわからないかもしれない。しかし、目にした瞬間には、それだとわかるだろう。

これまでも、いくつかの仕事はそうだった。多くの場合、人との出会いのなかやちょっとしたきっかけがあって、それは目の前に現れた。そしてそれを目にした途端に、私はそれがやりたいことだったと知った。

そのなかには、そこそこ売れた本もあるし、評価された本もある。思ったほどの成績を上げられなかった企画もある。でもいずれも、その仕事をしている間は、生活は楽しいものだった。

そういう仕事を、もっと積極的に手にしていきたい。

私には、自分でなにかを追い求め、掘り起こし、創り出していく才能はないかもしれない。ただ10年以上の経験から、何かを追い求めて掘り起こして創ろうとしている人に伴走する能力は、いささかなりともあると自負している。

本を作ることができるのは――こんな時代なので、私が生存するためにいつまで・どの程度の有効性を維持できるかはわからないが――それでもひとつのスキルではある。

何かを求めて前を向いている人がいるとする。もしその人の求める表現形態が本というかたちに収まるものであるなら、その人と私は人生の束の間、素晴らしい時間を共に過ごせるかもしれない。

私のもっているスキルや能力は、いわば月のようなものだ。それ自体は武骨な岩塊にすぎないが、太陽を反射して光る。それ自体は不毛な衛星に過ぎないが、豊かな環境をもつ地球の周りをまわる。目に見えるあこがれとして遠くにあるが、本気を出せばそこに降り立つことができるだろう。

そんな光を求めて、豊かな環境を求めて、降り立つ先を求めて、これから先に残された人生を生きていくことはできないだろうか?



こちらがわに、自分の残りの人生を置いてみよう。思いきった挑戦をすることで得られるかもしれない、この先の満足感や幸福感を置いてみよう。

あちらがわには、何が置かれることになるだろうか。

金銭的な安定。いちおう社長だという社会的な地位。長年一緒にやってきた社員たちとの関係。妻や両親や妻の実家といった親戚たちの安心感。

たとえばひとりで新しい仕事に挑戦するとしよう。

金銭的な安定が失われることが、一番のネックになってくるだろう。とはいえ、いま20人以上のスタッフと共に年間150冊ペースで本を出していることを考えると、ひとりになって年間数冊出すことのリスクと実はそんなに変わりがない。150点出すんだからこの企画がコケても平気だろうくらいに油断している部分がなくなるだけ、いっそ気持ちいいかもしれない。

たしかにスケールメリットというのはある。ひとつの企画がこけたら、そのまま二度と起き上がることができないかもしれない。ひとりになれば収入は減るだろう。商売っ気が希薄な私には荷が重いかもしれない。しかし、いまでもほとんど商売っ気がないままに会社経営の一端を担っているのだから、ひとりになってもさほどの違いはない、という考え方もある。

これは二番目の「いちおう社長だという社会的な地位」にも関わるが、もし独立したら、結局社長だ。たしかに、いまのように曲がりなりにも50年続いている版元の社長ではない。吹けば飛ぶような新興のひとり出版社の社長であり、同じ社長でも、企業の経営者というよりも個人商店の店長にきわめて近い存在である。しかし、どうせ斜陽産業の中小零細であることに変わりはない。どちらにせよ、アシカとアザラシくらいの差しかないのだ。

三番目。長年一緒にやってきた社員たちとの関係。さて、これはどういうことになるだろうか。おそらくだが、私がいなくなっても大きな変化は生じないだろう。もちろん、社長交代となる以上はある程度の波風は立つだろうし、慌てたり悲しんだりしてくれる人も何人かはいるかもしれない。しかし、これまでの経験から言っておけば、ひとりの人間が辞めたくらいでは、小なりといえども組織は揺るがない。微動だにしないとまでいうつもりはないが、組織は個人の穴くらいは数カ月で埋めてしまうものだ。これまでも、自他ともに必要不可欠と目されてきた社員が抜けていくのを何度か目にしてきた。そのたびに残される側は「もうだめなんじゃないか」と思ったりしたものだが、実際にはどんなに重要だったはずの社員が辞めても、それが致命傷になることはなかった。そこが組織というものの強みだ。組織はアメーバのような流動体だ。数カ月あれば、組織は必要に応じてかたちをかえ、環境に適した格好に自らを落ち着ける。

私がいなければこの会社はダメになるなどとうぬぼれるつもりは毛頭ない。いざとなったら今後、この会社には私なしでやってもらうしかないし、それで十分だ。

最後の四点目は、書くまでもないことだったかもしれない。たしかに、この歳になってこれまでの一見安定感のある生活スタイルを捨てるのは、一時的には親戚や親を心配させたり悲しませたりするかもしれない。しかし、私は社会に出て以来、これまで一度も転職することもなく、無職になった期間もなく、こつこつと真面目に働いてきた。一度くらい職業的な冒険をさせてもらってもいいだろう。

それに、結局のところ彼らは理解してくれるだろう。

そういう挑戦をすることで、実際に私が幸福になるなら。

いまよりも私が人生に満足することができ、そのことを彼らに伝えることができるなら。

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