• みずき書林

ひとり出版社であること 下

前回の続き)


ひとりになってまもなく1年。


いくつかの仕事のなかでとてもありがたく感じたのは、「出版社がどこかなんて、読者や関係者は気にしていない」ということでした。

創業したばかりで何の実績もない超極少企業ですので、正直にいえばコンプレックスみたいな気持ちがありました。「講○社や新○社みたいな有名出版社じゃないし、営業力もないし……。会社っていうか、商店街の個人店舗に近いし……」みたいな引け目を感じてしまうのです。

僕が以前いた出版社はそこまで超有名ではありませんが、それでも当時20人以上の社員がいて、50年の実績がありました。刊行点数は年間100冊以上。たいしたものです。いまの僕から見れば、巨大企業です。

そういう〈信頼と実績〉の組織を離れて、自分自身を〈不審と不安〉の目で見ていました。

でも、おそらくそういうことは、あまり誰も気にしていない。自分が思っているほどには。

だから皆さんが面白がってくれ、刊行を楽しみにしてくださり、本が出たら喜びあえるのは、とてもありがたいことでした。



人数の多い版元との一番の違いは、当然ですが「ぜんぶひとりでやる」という点です。

そしてそこから必然的に浮かび上がってくるのは、

「個人としての名前をある程度前面に出さないといけない」

ということです。

性格にもよりますが、これも組織勤め経験者には、いささか怯むことです。

みずき書林といったって、ひとりでやっているのですから、岡田林太郎とほとんどイコールな存在です。

人数の多い組織であれば、互いに補い合えます。なにかミスが発生したときに「他部署がミスったことにしてフォローする」「上司が出ていって解決する」ということはしばしばあります。そういうのは、相手との信頼を損なわないためにも、現場を孤立させないためにも、必要なトラブルシューティングの方法です。

個人性を組織の中に溶かしこむことができるわけです。

でもひとりだと、それができません。

みずき書林のミスは僕のミスであり、みずき書林の力不足は、僕だけの力不足です。

相手との関係を損なうのも自分なら、その関係を取り結び直すために動くのも自分だけです。


こういうことを考え始めると、自分にはムリな気がしてきて、気持ちが暗くなります(笑)。

そこでどうするか。

よくわかりませんが、素で楽しむ、しか、ないのか。な。

前のブロックでは暗いことばかり書いていますが、逆にいえば、うまくいったときの喜びもまた自分のものです。

今回、編者のおふたりとチーム戦を繰り広げているときに山田先生からメッセージをいただけたことは、そのような喜びを象徴するものでした(「岡田さん」と名前で呼ばれることの気恥ずかしさとありがたさ)。



それと、せっかくひとり出版社なんだから、やったことのないことをやらないと(それによって、何とか目立たねば)とも思います。

ひとり出版社の最大のメリットのひとつは、会議がないことです(笑。会議とか朝礼とかがない。これは一度経験したらやみつきです。もう元の身体には戻れません)。

その小回りの利きの良さをいかして、思いついたことはできる限りやってみたい。

企画の内容がすべてなのは言うまでもありませんが、それをどう目立たせて演出していくか、というのも大事です。そのときにおそらく、世間的な戦術や、前職で学んだやり方だけでは通用しません。

資金豊富で、何万部も刷って、営業部員が何人もいて、全国の書店に委託配本ができて、ということができるわけではありませんから。

マーシャル、父の戦場』は、映画の公開と並走できるという僥倖に助けられ、とても楽しい経験をさせてもらっています。増刷もできました。

いかアサ』は、美しいイラスト+3種類のカバー+装飾文字+本文2色刷という、エクスカリバー+アロンダイト+ガラティン+聖杯みたいな装備があります。

いただいたイラストを即日公開することも(いま思うと冷や汗が……)、こういうブログで内幕を書くことも、特設サイトを作ることも、僕にとってはすべて新しい試みでした。



デイヴィッド・ボウイ曰く「自分が潜れるより少し深く潜ってみる。足がつかないところまで泳いでみる。そこが自分の居場所だ」(←かっこいい……)


ユーサー・ペンドラゴン風に言うと「自分には手が出せない女性に手を伸ばしてみる。思いがとどかないところまで行ってみる。そこは他人の城だけど」(←書かなきゃよかった笑)


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