(前回のつづき)
あまり暑いので、着替えを持参していた。
いざとなったらシャツだけでも着替えれば、気分転換になるだろうと思ったのだ。
なんせこの暑さなのでこれはなかなかよい考えで、僕は昼過ぎの休憩時に、一度服を変えようと思った。
ところが、あらゆるトイレには「着替え禁止!!」という張り紙がしてある。
そしてわざわざ、展示場とは別の棟に更衣室が用意されている。
トイレで着替えると混雑するから、そのための措置なんだろうな。と主催者の蓄積してきたノウハウに感心しつつ、僕は更衣室のある別棟に向った。
男子更衣室に向うまでには、すごく長いエスカレーターを上がる必要がある。
そのエスカレーターを登っていく人たちは、僕のように普通の格好をしている人びとである。
ところが、入れ違いに降りてくる人たちは、みな一様に異様な格好をしている。
麦藁帽をかぶり、素肌に赤いベストを着用している者。サングラスにアロハシャツ、ハゲヅラと白い付け髭をして亀の甲羅を背負っている者。超ミニのセーラー服を着て金髪のツインテールのかつらをつけた者。鎧兜の者。軍服の者。体操着の者。そんな風体の者たちが陸続とエスカレーターを降りてくる。
僕はやっと、トイレで着替え禁止の意味と、更衣室の意味に気づいた。
更衣室はコスプレのみなさん用の設備であって、暑いから着替えたいという人のための場所ではないのでは?
おそるおそる更衣室に入ると、案の定である。
200人くらい入れそうなだだっ広い部屋は、男子更衣室ということもあってか、仕切りも何もない。たんなる広い会議室みたいな場所である。
そこで思い思いの衣装に着替えて、真剣な表情で化粧をしている、無数のコスプレイヤーの皆さま。
僕はこそこそと部屋の隅に行き、白いシャツを脱ぐ。ウェットシートで汗をぬぐい、タオルで体を拭き、冷却スプレーをして、黒いシャツを着る。隣では僕より年上のおっさんがセーラームーンに変身中である。僕だけが普通→普通へと着替えをすませ、そそくさと更衣室を後にしたのであった。
終ったのは午後4時。
終了のアナウンスが告げられた瞬間、会場全体が大き拍手に包まれたのは、なかなか壮観である。
両隣のブースの人たちとお疲れさまと声をかけあって、それぞれ別れていく。
もちろん、こういうときの日本人の美徳。ごみはすべて持ち帰るなり所定の場所に捨てるなりして、余計なものはなにひとつ残さない。
このコミケという文化を、参加者全員が盛り立てて続けていこうという意識が、そこここに見えた気がした。
決められたことはさっさと守ったほうが、お互いのためにいい。みんなが己の欲望のことしか考えていないのだから。
地獄のデパ地下は、きっとこんな欲望の熱気が渦巻いているのだろう。
まあ、なにもこんな暑いさなかにしなくてもいいだろうにとは思うが、とはいえ貴重な体験だった。
帰宅してシャワーを浴びて飲んだビールがうまいったらない。
お誘いいただいた音食紀行の遠藤さん、どうもありがとうございました。
おかげさまで、とても興味深く楽しい経験ができました。
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