新しい本ができました。
野入直美 著
奄美にルーツを持ち、満洲で生まれ、沖縄で育ち、東京で起業し、境界を越えたビジネス・ネットワークを築いた重田辰弥さんに聞き取りをした移動社会学の成果。
……というふうな本なのですが、僕が重田さんに始めてお目にかかり、原稿を読んだときに強く惹かれたのは、それだけではありませんでした。
重田さんは会社を起業し、何百人も社員を擁する組織に育て、事業継承を無事に済ませた経験があります。
本書の前半部分で語られるその会社運営の方法や考え方には、すごく刺さるものがありました。
僕はみずき書林を立ち上げる前に、中小規模の出版社に勤めていました。
16年間いて、最後の6年間は雇われ社長をやっていました。
そのときの僕にはその会社がすべてで、ずっとそこにいるんだと思っていました。
(いまではそんなふうに思っていたことが信じられないですが、でも当時そう思っていたという感触はまだありありと憶えています)
そんな僕がそこを辞めて、いまのひとり出版社を立ち上げるまでには、いくつかの出会いと出来事があったのですが、その直後に読んだ野入先生による重田さんの語りは、かなりのインパクトで僕の横面をひっぱたきました。
重田さんの語り口は穏やかでユーモラスで、でも厳しい包容力がある。
ルーツである沖縄の社員を多く登用し、辞めていった社員を「うちのOB」と呼んで付き合い続ける。
でもネポティズム(縁故主義)からは距離をとり、営利団体であることと地縁組織であることのバランスを考え続ける。
確実な収益モデルを守りつつ、それが機能しなくなる時期を冷静に見極めている。
くわえて多趣味で仕事以外にもさまざまな楽しみがあるから、会社を手離すことにも躊躇しない。
もし独立前に読んでいたら、いま以上にいろいろ考えこむことになったと思います。
(ついでながら、そのように「あのころ読んでいたら……」と考え込む本がもう一冊あります。土門蘭著『経営者の孤独。』)
この本の本質である社会学やオーラルヒストリーといった話とは別に、ある種のビジネス書としても機能する本です。
社会学の研究書であれ、ビジネス書であれ、優れた本からは「顔」が見えます。
僕が惹かれるのは、たとえば重田さんの以下のような発言です。
「本当の力というのは、「人から助けてもらう力」です。「この人を助けてあげよう」と思われることですね。経営者だけじゃなくて、社員もそうです。優秀な社員ほど、「いいから、俺がやるから!」って、気がついたら部下が全部、潰されているっていうのがあった。そういう人は、つい、「なんだ、お前、この拙い仕事は!」と、パワハラ的な罵倒をする。
ところが、私みたいに技術力がない経営者は、本音で、「これ、やってくれない?」。すると向こうも、「ああ、助けてやろう」と。それに、私はとにかくいっぱい、たっぷり試験に落ちているし失敗しているし、続かなかったことが多いし、自分よりできる人に対する負け方を知っているのです。これが強みですね」
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