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  • 執筆者の写真みずき書林

高畑勲展と小林エリカの本。ことばをめぐって。(上)


明日で終わる高畑勲展に駆け込み。


子どものころ、家に『太陽の王子ホルスの冒険』の絵本がありました。

はじめて『火垂るの墓』を映画館に観に行ったときには祖母と一緒で、隣で祖母がボロボロ泣いていました。

『おもひでぽろぽろ』を観て、その表情に書きこまれた皺に、子ども心に強く惹かれるものを感じました。

なにかの映画を観たときに『かぐや姫の物語』の予告編が流れて、物凄いものが動いている感じに息を飲みました。


多くの日本人がそうかもしれませんが、思えば人生の要所要所で高畑勲作品がありました。

そのことが実感されるとともに、一生かけて何かを突き詰めた人は貴いものであると感じました。


最後の部屋で『かぐや姫の物語』の例の予告編での映像が流れているのを見たときには、じわじわと涙が流れてきました。



この展覧会で興味深かったのは、展示品の半分くらいが、高畑勲のものではないということです。

もちろん高畑勲自身のメモやテキストは膨大に展示されていますが、彼は画を描かなかったアニメ監督として有名です(珍しく本人が描いたコンテも展示されていました。かわいい絵でした)。

展示されているコンテやスケッチや背景画は、すべて一緒に映画を作った人たちによるものです(なかでも、近刊『この世の景色』で装幀画を描いてくださった男鹿和雄さんの画がたくさんあったことは――男鹿さんが最も尊敬していたのが高畑勲とのことです――嬉しいめぐりあわせでした)。

そして自分以外の人の展示物が多いことは、もちろん高畑勲の価値をいささかも減ずるものではなく、むしろ人をつないで作品を織り上げていった彼の偉大さを証明するもののように感じられました。

あらゆる才能や能力をつないで、コントロールセンターとしてまとめあげていく才能。

流れている画像を見る限りでは、押し出しの強い人ではなく、沈思型の哲人的な人のようにも見えます。

そこに惹かれて、多くの人が持てるものを持ち寄ってひとつの作品を作り上げていく。

しかもそれを何度も繰り返し、そのたびに新たな試みを内包した作品を生んでいく。

膨大な文章を書いて、自分の考えを人に伝えながら、ずっと集中して何かを考え続けていた人。

そういう長い人生を生きた人だったのだなと、感じました。

(つづく)



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