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  • 執筆者の写真みずき書林

1970年前後のポップミュージックで盛り上がる病室


入院している間、細かいメールの返信以外はほとんど仕事らしい仕事はしませんでした。

体調的にできなかったからでもあるし、具合が上向いたここ3日くらいは、あえてしなかったからでもあります。

この3日を慌ただしく仕事の再開に充てるよりも、ゆっくりと休養に費やしたほうがいい。なんとなく、そう思ったのでした。


ではこの間、僕はなにをしていたのか。

昨日書いたように、オンラインのイベントに参加したりもしました。

我が家にはテレビがないので、物珍しさも手伝って、ごはんを食べながらテレビも観ました。『となりのトトロ』と『耳をすませば』を観て、『ミッション・インポッシブル』を途中から観て、大林宣彦『時をかける少女』を途中まで観ました。あとはニュースや旅番組などを少しずつ。


でも大半の時間は、読書と音楽を聴くことに使っていました。

夏目漱石『それから』。具合の悪いときに読む小説ではありませんね。ご存じのとおり、実に神経症的な作品で、そのひりひりする心理描写を読んでいるだけで、こっちまで体調が悪くなってくる気がします(笑)。

講談社文芸文庫の内田百閒の随筆アンソロジー。師匠とは違って、百閒先生の茫洋と捉えどころのない夢の中みたいなユーモアは、深夜の病室にもなかなか合いました。


保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー』は、病気になってからはじめて読み返しました。以前は強くは意識していなかった、保苅実の「見えないもの」「精神的なもの」への視線が印象に残りました。学術的な筆致ではありますが、この人と文章は体調にかかわらず読めます。それはおそらく、彼が病床でこの本を執筆・推敲したこととも関係しているかもしれません。かっこよく、タフな人です。


村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も、もう何度目かわかりませんが読了しました。この頃の春樹は、さすがに読ませます。時間とともに古びた部分もありますが、そしていまの村上春樹はこんなふうには書かないのもよくわかりますが、とても優れた小説だと感じました。

これも今まで意識していなかったことですが、この小説の後半は、「主人公が死ぬ1日」についての描写です。明日死ぬという日に、主人公はなにをして過ごすのか。……まあ、いかにもこの頃の村上春樹の主人公がやりそうなことをするのですが。

思えば去年の入院中は『1Q84』『騎士団長殺し』をまとめて読んだのでした。なんだかんだ言っても、やはり村上春樹は僕の人生で重要な作家で、それは僕の生活環境が変わっても不変のようです。



音楽は、1970年前後の古い音楽をずっと聴いていました。

入院前半は、クロスビー・スティルス&ナッシュを中心に、彼らそれぞれのソロアルバムや、ホリーズ、バーズなど。

グラハム・ナッシュのソロアルバムって今までそれほど聴いてなかったけど、とてもいいですよね。とくに目立って耳に残るわけでもないし、強いインパクトはないんだけど、味わい深く爽やかなグッドメロディの宝箱のようで、しっかりと聴かせます。

バーズもやはりとてもいい。とくに「Turn! Turn! Turn!」を繰り返し聴きました。旧約聖書のことばを歌詞にしていて、それがなかなか沁みます。


後半は、マーヴィン・ゲイをまとめて聴いてました。いわずもがな、マーヴィン・ゲイというひとりの人間の人間性を感じさせ、本当に素敵な音楽です。美しくチャーミングなポップソングでありながら、まさにソウル=魂の音楽ですね、ほんとに今更ながら。

天下の名盤『What’s Goin on』も繰り返し聴きましたが、タミー・テレルとのデュエット・アルバムも何度も流してました。マーヴィンの最高のパートナーだったタミーもまた、病魔に冒されながら歌いました。そして3枚の共演アルバムを残して、あっさり亡くなってしまいます。そんなことを微塵も感じさせない、いかにもモータウン的に楽しくてスタンダードな音楽です。アップテンポな曲もメロウなバラードもふたりの声がぴったり寄り添って、束の間の夢のように美しく儚い。


なんてものを流していたら(個室なので、小さな音であればイヤホンをつけなくても大丈夫なのです)、大きなモップを持って掃除のために入ってき70歳頃とおぼしきスタッフのおじさんが、「昔の洋楽ですね」と話しかけてきました。

「マーヴィン・ゲイです」と答えると、しばし耳をすませたあと、

「いいですねぇ。『What’s Goin on』はローリングストーン誌の名盤100選で、ビートルズを抑えて一位ですよ。ほら、『サージェント・ペパーズ』ね」とすごい食いつきです(笑)。

「僕はビートルズが1番好きですけどね」

「それゃね、あの頃のビートルズには誰も敵わない。アメリカのグループはぜんぜん敵わなかった」とおじさん。

ふと思いついて、「でもバーズはどうですか。創造性という意味ではある意味ビートルズに匹敵してた時期もあるかと」

「バーズ! 私ね、全部持ってますよ。アメリカ盤もフランスで出た盤も買い集めました」と、ものすごく盛り上がり、当然ながらC, S & Nの話題に。おじさんは僕が生まれる前の日本公演も観に行っていて、ホリーズも全アルバムをコレクションしている、かなりマニアックなロックファンでした。

その後も、マイケル・ジャクソンとダイアナ・ロスの歌唱法の類似からサザエさんのエンディング曲の元ネタはアメリカのあまり知られていないポップソングにあるといった話まで、おじさんの話題は多岐に渡ったのでした。

まさか数日前に聴いていた音楽の話題でこんなに盛り上がろうとは、ちょっと嬉しい驚きでした。

おじさんは午後にも「トイレの清掃でーす」と言いながら戻ってきて、掃除終わりでひょっこり顔を覗かせて、グラハム・ナッシュのファーストアルバムの素晴らしさについて力説し、最近リイシューされたアルバムに入っている未発表だったバージョンがほんとにかっこいいからぜひ聴くといいですよと強調してから帰っていきました。

楽しい交流でした。


そうそう、それとは別に、ある方からインストゥルメンタルを集めたプレイリストもプレゼントいただいて、それもよく聴いていました。

そのなかに、ミシェル・ルグランの「what are you doing the rest of your life?」のカバーが入っていました。

あれからの人生、なにしてる?

これも夜の病室でしみじみと沁みました。


明日、退院します。



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