top of page
  • 執筆者の写真みずき書林

写真と俳句と文章―小松健一『写真家の心 詩人の眼』


写真家の小松健一さんから、新著『写真家の心 詩人の眼』(本の泉社、本体2500円+税)をご恵贈いただきました。


上製本280頁でこの値段はなかなかお買い得。

いまから5年前の2015年に一緒に刊行した『決定版 広島原爆写真集』『決定版 長崎原爆写真集』のころのエッセイも収められていて、なつかしく読みました。

あのとき、僕はもうひとりの編者である新藤健一さんとお互いにケンカ腰になるくらいぶつかって(相手との衝突は僕にとっては非常に稀なことであり、新藤氏にとっては日常茶飯事である)、間に立ってくださっていた小松さんは体調が思わしくなくて入院したりして、けっこう大変でした。

この夏、小松さんと新藤さんの編集協力のもと、テキサス大学で原爆写真集が刊行されます。日本人が深く関わった原爆の写真集がアメリカで刊行されるのは、画期的なことかもしれません。


宮沢賢治のサハリン行の文章も興味深く拝見しました。

写真とならんで俳句を詠み、文学を愛好する小松さんは、流浪・無頼・漂泊・孤独といったことばに深く共振する眼をもっています。

だからこそ、たとえば賢治や啄木といったタイプの詩人たちへの思い入れは深く、また樺太といった辺境・周縁的な場所への関心も強いのだと思います。

僕の視線ではこれまた戦争絡みになりますが、小松さんの本をいただいたとき、ちょうどサハリン残留日本人と写真にかかわる文章を読んでいたところでもあり、まずサハリンの北緯50度にあるという国境碑の文章に目を通しました。


秋湿りラジオ短波の演歌かな

朝鮮の言葉ゆきかふ霧市場


といった句に、行ったことのないサハリンを想像しています。

(ちなみに小松さんの俳号は「風写」。写真家らしい号です。池袋界隈のいきつけの酒場には「風写」とタグのついたボトルがキープされ、コロナを超えて主人が帰還するのを待っているはずです)



なお、封を開けて本の顔をみた瞬間に、この装丁の感じは……と思ったのですが、やはり宗利淳一さんの仕事でした。

この帯の雰囲気、いかにも宗利さんです。

『決定版 広島原爆写真集』『決定版 長崎原爆写真集』(勉誠出版)、『民族曼陀羅 中國大陸』(小社刊)に続いての宗利さんとのコラボで、ちょっと嬉しくなりました。



bottom of page