見本ができました。
戦時中の日本・中国・東南アジアを撮影した200枚の写真は、(一部に当時の新聞や雑誌に掲載されたものがありますが)ほとんどすべてが未公開です。
戦時下の庶民の暮らしに焦点をあて、各地のひとびとがどのような暮らしをしていたのかがわかる構成になっています。
苛烈な戦場だけが戦争ではありません。銃後のひとびとの暮らしが、日本の勢力圏にあった国や地域が、戦局の激化・悪化とともにどういうふうに変わっていったのかが撮影されています。
もちろん、写したのは陸軍所属のカメラマンたちですから、撮影された当時は、戦争の悲惨さを描く意図だけで撮られたわけではありません。戦意高揚に使用されることを想定しながら、日本の統治政策がいかにうまくいっているかを伝え、アジアはいかに一丸となって戦争を遂行しようとしているかを喧伝しようという撮影意図があったことも確かでしょう。
しかし撮影者の意図がどこにあったかにかかわらず、これらの写真群が当時の生活の現場や環境を、意識的にも無意識的にも写し取っていることは間違いありません。
カメラマンたちの職業的意識や社会的立場をも念頭に置きながら、これらの写真を見て、詳細な解説文を読むことで、生身の普通のひとたちが、ある状況下でいやおうなく生きていくことの複雑さ、といったものを感じていただければと思います。
陸軍士官学校では昭和天皇が愛馬白雪にまたがって閲兵し、大東亜文学者会議では菊池寛が議長をしています(あまり楽しそうには見えません)。大東亜結集国民大会では汪兆銘が演壇をじっと見つめ、シンガポールではR・B・ボースが反英演説をしています。北京の音楽会では日の丸と青天白日旗をバックに、高峰三枝子が歌っています。
銀座では若い女性モデルがブルーノ・タウトの店でポーズを決めています。東南アジアからの留学生たちは神奈川県の警察演習所に入り、まわりの日本人たちが大きく口を開けて何かに唱和しているときに、言葉がわからずにじっと口をつぐんで前を向いています。フィリピンの現地住民は日本の指導で竹やり訓練をしていますが、どう見てもへっぴり腰です。北京の子どもたちは教科書を見ながら熱心に勉強していますが、よく見ると開いている本がバラバラで、なかには上下さかさまに持っている生徒もいます(きっとカメラマンの要請で撮られたのでしょう)。青山学院初等学校の生徒たちは湯ヶ島に疎開しています。
浦和の工場では慰安のための演奏が行われています(聴いている労働者たちはつまらなそうです)。ヒトラーユーゲントが天安門広場前で行進し、香港では空襲を受けた女性が泣き叫んでいます。
こういった写真群を通覧することで、生活の全体をおおい、細部にしみこんでいた、戦争という大きな状況を想像してもらえればと思います。
……ともあれ、心血を注いだ本がやっと出来上がりました。
井上先生には、ほんとにいろいろとご心配をおかけしました……。
同じ東方社撮影の写真をもちいた大冊です。
なお、本書の特設ページも開設中です。
ぜひご覧ください!
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